1. PSPは「治療継続支援」から「治療生活支援」へ進化する
第1回では、PSP、すなわちPatient Support Programの定義、役割、エビデンス、国内外の事例を整理した。PSPは単なる患者向けサービスではなく、薬剤と患者の日常の間にあるギャップを埋め、患者が治療を理解し、納得し、不安を乗り越え、継続できる環境を設計する取り組みである。
第2回では、PSPの設計と実装について、患者ジャーニーを起点にWho、When、What、Howを整理し、KPI、リアルワールドデータ、医療現場連携、ベンダーマネジメント、コンプライアンス体制まで、実務で押さえるべき成功要因を論じた。
最終回となる第3回では、時計の針を少し先に進めたい。AI、PHR、EHR、リアルワールドデータ、オンライン診療、デジタル薬局、コールセンター、PSP看護師といった要素が連携したとき、PSPは今後どのように進化していくのか。結論から言えば、PSPは「治療継続支援」の枠を超え、患者一人ひとりの生活、心理、行動、医療アクセスを支える「治療生活支援」の基盤へと進化していく。
ただし、これは製薬企業が医療を代替するという意味ではない。診断や治療方針の決定は医師を中心とした医療者の役割であり、PSPが担うべきは、医療現場と患者の日常の間にある断絶を埋めることである。薬剤が本来持つ価値を、実臨床で患者に届け切る。そのための仕組みとして、PSPは今後ますます戦略的重要性を増していく。
2. 米国で進むDTCからDTPへの構造転換
次世代PSPを考えるうえで避けて通れないのが、グローバル、特に米国で進むDTCからDTPへの構造転換である。
従来のDTC、すなわちDirect to Consumerは、疾患啓発や広告を通じて患者の認知を高め、受診や相談を促す取り組みとして発展してきた。患者が疾患を知り、治療選択肢を知り、医療機関にアクセスするきっかけを作るという意味で、DTCには一定の意義がある。
一方で、DTCだけでは患者ジャーニー全体を支えることはできない。認知を獲得しても、受診までに時間がかかる。受診しても、処方までに複数の手続きがある。処方されても、薬剤費、保険、薬局在庫、配送、服薬不安、副作用への恐怖、生活との両立が壁になる。患者の離脱は、広告接触後ではなく、むしろ治療開始前後から維持期にかけて起こる。
そこで注目されているのがDTP、すなわちDirect to Patientである。DTPは、単に製薬企業が患者に直接情報を届けるという意味ではない。疾患啓発、医療機関検索、オンライン診療、処方支援、薬局・配送、費用支援、服薬・投与支援、症状記録、PSPによる継続支援まで、患者の治療アクセスと継続を一気通貫で支えるエコシステムである。

米国では、LillyDirect、PfizerForAll、NovoCare Pharmacyなど、製薬企業が患者接点を再設計する動きが進んでいる。LillyDirectは、肥満症、片頭痛、糖尿病などの領域で、医療アクセス、薬局サービス、配送、費用支援を含むデジタルヘルスケア体験を提供している。PfizerForAllは、同日診療、処方薬・OTC医薬品・検査キットの宅配、費用支援への導線などを統合するデジタルプラットフォームとして展開されている。NovoCare Pharmacyは、Wegovyなどの薬剤について、自己負担患者向けの価格提示や配送を含むアクセス支援の一部として位置づけられている。
これらの事例が示すのは、製薬企業の役割が「薬剤を上市し、情報を届ける」ことから、「患者が治療に到達し、継続できるまでの摩擦を減らす」ことへ広がりつつあるという点である。
もちろん、日本では米国と医療制度、保険制度、薬機法、医療広告規制、個人情報保護、医薬品業界コードが大きく異なる。米国型DTPをそのまま日本に輸入することはできないし、すべきでもない。しかし、患者ジャーニー上の摩擦を可視化し、受診、治療理解、投与開始、継続、相談、医療機関との連携を設計するという発想は、日本のPSPにも重要な示唆を与える。
3. 次世代PSPの中核はAIとデータである
次世代PSPの最大の変化は、AIとデータの活用である。
従来のPSPでは、患者向け資材、コールセンター、アプリ、LINE、動画、看護師によるフォローなどが個別施策として設計されることが多かった。もちろん、それぞれに価値はある。しかし、患者の困りごと、治療継続上の障壁、症状変化、副作用への不安、家族や仕事との両立、医療者への相談内容などは、多くの場合、非構造化データとして分散していた。
コールセンターの応対記録、患者アプリの自由記載、ePRO、チャット履歴、FAQ閲覧履歴、資材閲覧状況、服薬・投与記録、医療機関からの問い合わせ。これらは、患者理解の宝庫である。しかし、従来は人が読み、分類し、解釈しなければならず、構造化コストが高かった。その結果、患者の声は「現場には存在するが、組織的に活用されないデータ」になりやすかった。
生成AI、特に大規模言語モデルの登場により、この状況は大きく変わりつつある。AIは、患者の自由記載や会話ログから、主訴、困りごと、不安、離脱リスク、治療理解度、生活上の障壁を抽出し、一定のルールに基づいて分類・要約することができる。さらに、医療者向け、コールセンター向け、マーケティング部門向け、メディカル部門向けに、同じデータを異なる粒度でサマリー化することも可能になる。
たとえば、治療導入後1か月以内に「副作用が怖い」「自己注射に自信がない」「仕事との両立が難しい」という声が増えている場合、PSP側は早期離脱リスクを検知し、適切な教育コンテンツや看護師フォローにつなげられる。医療機関側には、次回診療時に確認すべき論点をサマリーとして還元できる。企業側には、資材改善、FAQ改善、患者ジャーニー再設計のインサイトとして活用できる。
ここで重要なのは、AIを「患者に自動で回答するツール」としてだけ捉えないことである。医療領域におけるAI活用では、医学的判断、緊急性判断、個別助言、プロモーション表現、安全性情報の取り扱いなど、多くのリスクが存在する。したがって、次世代PSPにおけるAIの本質的価値は、患者対応の完全自動化ではなく、人による支援の質とスピードを高めることである。
AIが情報を整理し、人が患者の不安を受け止める。AIがリスクを検知し、人が医療機関への相談を促す。AIが患者の声を構造化し、人がプログラムを改善する。この「AIによる拡張」と「人による支援」の組み合わせこそが、次世代PSPの現実的な進化である。

4. RWDとPSPが接続すると、患者支援は学習する仕組みになる
PSPがAIと接続するだけでは不十分である。さらに重要なのは、PSPで得られるデータを、リアルワールドデータとして適切に活用し、継続的な改善につなげることである。
実臨床では、治験では見えにくい課題が多く存在する。処方後に患者がどこで不安を感じるのか。どのタイミングで自己中断が起こるのか。副作用そのものではなく、副作用への恐怖が継続を妨げていないか。医療者はどの説明に負担を感じているのか。患者は薬剤ではなく、生活、仕事、家族、費用、通院負担のどこでつまずいているのか。
これらは、レセプトやDPCだけでは十分に把握できない。電子カルテにも記録されていない場合がある。むしろ、患者との会話、ePRO、症状記録、服薬記録、問い合わせ内容、自由記載の中にこそ、治療継続を左右する重要な情報が含まれている。
PSPは、これらの情報を取得しうる貴重な接点である。ただし、データを集めること自体が目的になってはならない。取得目的、利用範囲、患者同意、個人情報管理、委託先管理、安全性情報管理、研究利用の可否を明確にし、必要最小限のデータを適切に取得する必要がある。
将来的に、PSPデータ、PHR、EHR、レセプト、検査値、患者報告アウトカムが連携すれば、患者支援はより精緻になる。たとえば、治療導入期の不安が強い患者、通院負担が高い患者、自己注射への心理的抵抗が高い患者、服薬アドヒアランスが低下しやすい患者を、事前にリスク層別化できる可能性がある。そのうえで、患者ごとに支援内容、頻度、チャネルを変えることができれば、PSPは一律の支援からパーソナライズド支援へ進化する。
重要なのは、PSPを「作って終わり」の施策ではなく、「学習する仕組み」として設計することである。患者の声を収集し、データを分析し、資材を改善し、導線を見直し、医療現場にフィードバックし、KPIを再設計する。この循環が回り始めたとき、PSPは単なる支援策ではなく、医薬品マーケティングとメディカル活動をつなぐ知の基盤になる。
5. ROIからVOIへ。PLからCFへ。PSPの価値評価を再定義、複数年、NPVで評価する
PSPを製薬企業内で継続的に推進するうえで、避けて通れないのが価値評価である。
従来、PSPはコストセンターとして見られやすかった。登録者数は把握できても、患者価値、医療現場価値、治療継続への寄与、安全性情報管理、医療経済的効果が十分に可視化されていなければ、社内では「本当に投資に見合うのか」という議論になる。
もちろん、治療継続率、初期離脱率、LTV、服薬・投与継続期間といった指標は重要である。しかし、PSPの価値を短期的な薬剤売上だけで評価すると、本質を見誤る。PSPはプロモーション施策ではなく、患者支援、適正使用、治療継続、医療現場支援、安全性管理を含む取り組みである。したがって、評価軸もROIだけでなく、VOI、すなわちValue on Investmentの観点で設計する必要がある。

患者視点では、治療理解度、不安の軽減、自己管理行動、QOL、満足度が重要である。医療現場視点では、説明負担の軽減、問い合わせ削減、診療時の情報活用、医師・看護師・薬剤師の満足度が重要である。安全性の観点では、有害事象情報の検知、報告までの時間、エスカレーションの正確性、応対品質が重要である。企業視点では、治療継続、適正使用、患者インサイト、RWD蓄積、資材改善、次世代施策への展開可能性が重要である。
米国では、CMS(メディケア・メディケイドサービスセンター)のACCESS(Advancing Chronic Care with Effective, Scalable Solutions) Modelのように、慢性疾患領域においてテクノロジーを活用したケアを、アウトカムに連動して評価しようとする動きが出ている。これは、単なる診療回数や接触回数ではなく、血圧、糖尿病、慢性疼痛、うつ・不安などの健康改善を重視する方向性を示している。
日本においても、PHR、マイナポータル、電子カルテ情報共有、オンライン診療、在宅医療、地域包括ケア、リアルワールドデータ活用が進む中で、患者の行動変容や治療継続を支える仕組みの価値は高まっていく。PSPは、製薬企業単独のマーケティング施策ではなく、医療現場、患者、社会保障の持続可能性に貢献する仕組みとして評価されるべきである。
今回は割愛するが、PSPの価値を単年度ではなく複数年度でとらえること、PLではなくCFでとらえること、NPV(Net Present Value)で評価することも重要である。治療継続・離脱抑制・患者価値・データの価値を3年間の増分キャッシュフローとして評価することも忘れてはならないポイントである。

6. 製薬企業は支援型エコシステムのオーケストレーターになる
次世代PSPにおいて、製薬企業に求められる役割も変化する。
これまでの製薬マーケティングは、医師に対する情報提供、製品価値の訴求、疾患啓発、講演会、資材、デジタルコンテンツなどを中心に発展してきた。しかし、患者の治療継続や行動変容を支えるためには、単一の部門や単一のチャネルでは不十分である。
マーケティング、メディカルアフェアーズ、営業、PV、法務・コンプライアンス、デジタル、IT、データサイエンス、患者支援、外部ベンダー、医療機関、薬局、患者団体、自治体、アカデミアが連携する必要がある。PSPは、単なる患者向けサービスではなく、組織横断のオペレーションであり、外部パートナーを含むエコシステムである。
このとき、製薬企業はすべてを自前で抱える必要はない。むしろ、自前主義にこだわりすぎると、開発スピード、UX、データ連携、現場実装、運用品質の面で限界が生じる。重要なのは、製薬企業がエコシステム全体の目的、患者価値、ガバナンス、KPIを定義し、適切なパートナーと共創することである。
言い換えれば、製薬企業は「支援型エコシステムのオーケストレーター」になる必要がある。薬剤を中心に置くのではなく、患者ジャーニーを中心に置く。製品別の施策ではなく、疾患・治療ステージ別の支援導線を設計する。単発のアプリ開発ではなく、医療現場に定着する運用モデルを作る。データを集めるのではなく、患者と医療現場に価値を還元する。
この転換ができる企業は、単に薬剤を提供する企業ではなく、患者の治療生活を支える企業として信頼を獲得していくだろう。

7. 日本における次世代PSP実装の論点
日本で次世代PSPを実装する際には、米国事例を参考にしつつも、日本の制度・文化・医療現場の実態に合わせた設計が不可欠である。
第一に、コンプライアンス・レギュレーションである。PSPは、医師の診断・治療判断を代替してはならない(医師法第17条)。患者の個別状態に応じた医学的判断を行ってはならない。MRが患者個別情報に関与してはならない。効能効果の過度な強調や処方誘引につながる表現を避けなければならない。AIを活用する場合も、回答範囲、監修体制、ログ管理、エスカレーション、免責表現、安全性情報対応を明確にする必要がある。
第二に、医療現場への実装である。PSPは、患者にとって便利でも、医療機関にとって紹介しづらければ広がらない。同意取得、登録、説明、問い合わせ、情報還元の導線が複雑であれば、現場負担が増える。医師、看護師、薬剤師が自然に紹介でき、患者が簡単に登録でき、必要な情報だけが適切に医療現場へ戻る仕組みが必要である。
第三に、データガバナンスである。PHR、EHR、ePRO、コールログ、アプリデータを扱う場合、取得目的、利用範囲、第三者提供、委託先管理、保管期間、削除、同意撤回・オプトアウト、研究利用の可否を設計段階で明確にする必要がある。将来的にRWD解析や学会発表、論文化を想定する場合は、運用利用と研究利用を分け、必要に応じて倫理審査、再同意、匿名加工・仮名加工の設計が求められる。
第四に、人による支援の価値である。AIが進化しても、患者の不安、迷い、恥ずかしさ、遠慮、孤独感を受け止める役割は残る。特に希少疾患、がん、自己免疫疾患、神経疾患、自己注射、経口抗がん剤、長期管理が必要な慢性疾患では、患者の心理的負担は大きい。PSP看護師、専門オペレーター、薬剤師、医療機関との連携によるヒューマンタッチは、次世代PSPにおいても重要な要素であり続ける。
8. まとめ。PSPは医薬品マーケティングの戦略基盤である
全3回にわたり、PSPを起点に医療用医薬品マーケティングの再設計について論じてきた。
第1回では、PSPとは何かを整理し、エビデンスと事例から、PSPが患者中心マーケティングの新たな起点になり得ることを示した。第2回では、PSPの成否はコンセプトではなく設計と実装の質で決まることを論じ、患者ジャーニー、Who、When、What、How、KPI、RWD、現場連携、ベンダーマネジメント、コンプライアンスの重要性を整理した。
第3回では、DTP、AI、PHR、EHR、RWD、アウトカム評価、支援型エコシステムという観点から、PSPの今後の進化を展望した。
PSPは、薬の外側にサービスを追加する取り組みではない。薬剤が本来持つ価値を、実臨床で患者に届け切るための仕組みである。患者が治療を始められること。続けられること。不安を相談できること。医療現場が説明負担を軽減できること。企業が患者と現場から学び続けられること。そのすべてがつながったとき、PSPは単なる支援策ではなく、医薬品マーケティングの戦略基盤になる。
これからの製薬企業に求められるのは、情報を届ける力だけではない。患者と医療現場の課題を深く理解し、実装可能な支援へ落とし込み、データをもとに改善し続ける力である。
患者中心、現場実装、データ駆動。そして、AIと人の支援を組み合わせた共創。これらを統合できる企業こそが、これからの医療用医薬品マーケティングにおいて、真に患者から選ばれ、医療現場から信頼される存在になっていくはずである。
本連載が、明日からのマーケティング活動や、新たな患者支援の仕組みづくりの一助となれば幸いです。
参考資料
Pharma’s Direct-to-Patient Pivot (2025): LillyDirect, PfizerForAll & NovoCare Models
https://www.galengrowth.com/pharmas-direct-to-patient-pivot-2025/
Eli Lilly and Company「Lilly Launches End-to-End Digital Healthcare Experience through LillyDirect」
https://investor.lilly.com/news-releases/news-release-details/lilly-launches-end-end-digital-healthcare-experience-through
LillyDirect 公式サイト
https://www.lilly.com/lillydirect
Pfizer「Pfizer Launches PfizerForAll, a Digital Platform that Helps Simplify Access to Healthcare」
https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/pfizer-launches-pfizerforalltm-digital-platform-helps
PfizerForAll 公式サイト
https://www.pfizerforall.com/
NovoCare「Wegovy Cost, Coverage, & Savings」https://www.novocare.com/patient/medicines/wegovy.html
CMS「ACCESS Model」
https://www.cms.gov/priorities/innovation/innovation-models/access
DTC研究会 第29回定例会 議事録(大角登壇)
https://dtc-kenkyukai.com/report/report-report-20251120/
DTC研究会 第30回定例会 議事録(大角登壇)
https://dtc-kenkyukai.com/report/report-20260527/
大角知也 noteマガジン「PSP(患者サポートプログラム)」
https://note.com/tomoya_okado/m/m842b576343fe
著者紹介:大角 知也(おおかど ともや)
医療・ヘルスケア分野で約20年にわたり新規事業開発や組織マネジメント等に従事。グローバルカンパニーにおいてオンコロジー領域の事業・組織責任者や患者サポートプログラム(PSP)の立ち上げをリードし複数の成功事例を創出。ベンチャー企業およびスタートアップ企業では医療データやAIを活用したソリューションを提供し、戦略立案から営業・導入までを一貫して推進。複数社のアドバイザーを務め、事業開発・人材育成・マーケティング等を支援。さらにイベント運営やモデレーター、講演実績も豊富で、ヘルスケア業界に幅広いネットワークを築いている。早稲田大学ビジネススクールにて経営学修士号(MBA)。
問合せ先:info@ookado.co.jp
