1. 患者中心を「実装」する時代へ
第1回では、PSP、すなわちPatient Support Programの定義、役割、エビデンス、国内外の事例を整理した。PSPは、単なる患者向けサービスではない。薬剤と患者の日常の間にあるギャップを埋め、患者が治療を理解し、納得し、不安を乗り越え、継続できる環境を設計する取り組みである。
一方で、PSPは「良いことだから始めればよい」という単純なものではない。むしろ、設計を誤ると、患者には使われず、医療現場には負担となり、社内ではコストセンターとして見られ、コンプライアンス上の懸念だけが残る。PSPの成否は、コンセプトの良し悪しではなく、設計と実装の質で決まる。
製薬企業におけるPatient Centricityは、すでに理念の段階を超えている。重要なのは、患者中心という言葉を、どの疾患で、どの患者に、どのタイミングで、何を、どのように提供するのかに落とし込むことである。第2回では、PSPをどのように設計し、医療現場に実装するのかを扱う。患者ジャーニーを起点に、Who、When、What、Howを整理し、KPI、リアルワールドデータ、医療現場連携、ベンダーマネジメント、コンプライアンス体制まで、実務で押さえるべき成功要因を整理する。
2. PSP設計の出発点は「患者ジャーニー」である
PSPを設計する際に最初に行うべきことは、アプリを作ることでも、コールセンターを設置することでも、患者向け資材を作成することでもない。出発点は、患者ジャーニーを分解することである。
診断前、診断時、治療選択時、初回投与時、導入後1か月、維持期、増悪時、治療変更時。患者はそれぞれの局面で異なる不安や障壁を抱えている。診断直後には、疾患そのものへの理解不足や将来への不安がある。治療導入時には、副作用、自己注射、投与スケジュール、費用、仕事や家庭との両立への懸念がある。維持期には、症状が安定したことによる自己中断、通院負担、モチベーション低下が起こりうる。
重要なのは、すべての局面に介入しようとしないことである。PSPは、支援範囲を広げれば広げるほど価値が高まるわけではない。むしろ、目的が曖昧になり、運用負荷が増え、医療現場に定着しにくくなる。優れたPSPほど、対象患者、介入タイミング、提供価値が明確である。
実務上は、まずWho、When、What、Howを整理する必要がある。Whoは、誰を支援するのかである。全患者を対象にするのか、治療導入時に不安が強い患者を対象にするのか、自己注射や服薬管理に困難を抱える患者を対象にするのか。Whenは、いつ支援するのかである。診断直後なのか、初回投与前後なのか、導入後1〜3か月なのか、増悪時や治療変更時なのか。Whatは、何を支援するのかである。疾患理解、治療理解、副作用への不安、投与手技、服薬・投与スケジュール、生活上の工夫、制度案内など、支援内容を絞り込む必要がある。Howは、どのように提供するのかである。アプリ、LINE、コールセンター、PSP看護師、冊子、動画、医療者向けダッシュボードなど、患者と医療現場の行動導線に合った方法を選択する。
3. 成功するPSPは「デジタル」と「ヒューマンタッチ」を組み合わせる
近年、PSPではアプリ、PHR、ePRO、チャットボット、AI、CRMなどのデジタル活用が進んでいる。デジタルの強みは、患者の日常に入り込み、記録、リマインド、教育、データ共有を継続的に行える点にある。服薬記録、症状記録、投与スケジュール管理、教育コンテンツ、医療者との情報共有は、デジタルと相性がよい。
しかし、PSPをデジタルだけで完結させようとすると失敗しやすい。治療導入時の不安、副作用への恐怖、自己注射への戸惑い、経済的負担への悩み、家族や仕事との両立の難しさは、単なる情報提供だけでは解消されないことが多い。患者は、正しい情報だけでなく、自分の不安を受け止め、必要なときに医療機関へつなげてくれる存在を必要としている。
その意味で、PSPはデジタルとヒューマンタッチの組み合わせが重要である。若年層や自己管理意欲の高い患者には、アプリやチャットを中心とした支援が有効な場合がある。一方で、高齢者、治療導入に強い不安を抱える患者、自己注射や副作用への心理的ハードルが高い患者には、PSP看護師や専門オペレーターによるコール支援が有効である。
また、医療現場との連携も欠かせない。PSPは患者だけを見て設計してはならない。医師、看護師、薬剤師にとって紹介しやすく、説明しやすく、業務負担を増やさない仕組みでなければ定着しない。登録プロセスが複雑で、同意取得や説明に時間がかかり、医療機関側に新たな事務負担が発生する場合、どれほど優れたプログラムでも現場では広がらない。
理想は、医療機関が患者にPSPを自然に紹介でき、患者は簡単に登録でき、PSP側で得られた情報が必要に応じて医療現場へ適切に還元される状態である。たとえば、服薬状況、症状変化、困りごと、教育コンテンツの閲覧状況などをサマリー化し、診療や服薬指導の参考情報として活用できれば、PSPは医療現場の負担を軽減する仕組みにもなる。
4. KPIは売上だけでなく、患者価値・医療現場価値・安全性で設計する
PSPを継続的な取り組みにするためには、KPI設計が不可欠である。ただし、PSPのKPIを短期的な売上や処方数だけに置くことは避けるべきである。PSPはプロモーション施策ではなく、患者支援、適正使用、治療継続、医療現場支援を目的とした取り組みである。したがって、KPIもその目的に沿って設計しなければならない。
実務上は、複数の視点からKPIを設定することが望ましい。患者視点では、治療理解度、満足度、NPS、QOL、服薬・投与継続率、自己管理行動の変化が指標になる。医療現場視点では、紹介率、医師・看護師・薬剤師の満足度、説明負担の軽減、問い合わせ削減、診療時の情報活用度が重要である。安全性の観点では、有害事象情報の検知率、報告までの時間、エスカレーション件数、応対品質が指標になる。企業視点では、治療継続率、初期離脱率、LTV、医療経済的な効果、RWDの蓄積、資材改善や次世代施策への活用可能性が評価軸となる。
特に重要なのは、KPIをプログラム開始後に考えるのではなく、設計段階で定義しておくことである。何を測るのかが決まっていなければ、どのデータを取得すべきかも決まらない。データ取得項目が曖昧なまま運用を開始すると、後から効果検証や学会発表、論文化を行おうとしても、必要なデータが不足しているという事態が起こる。
PSPは、適切に設計すればリアルワールドデータを蓄積する基盤にもなる。患者の行動、困りごと、治療継続上の障壁、医療現場での説明負担、離脱が起きるタイミングなどは、製薬企業にとって極めて重要なインサイトである。ただし、その活用には、同意、個人情報管理、安全性情報管理、研究倫理の設計が前提となる。データを集めることが目的ではなく、患者価値と医療現場価値を高めるために、必要最小限のデータを適切に取得し、改善に活用することが重要である。
5. 実装はADDIEで考える
PSPの実装は、Analyze、Design、Develop、Implement、Evaluateの流れで考えると整理しやすい。
Analyzeでは、対象疾患、治療ステージ、患者属性、医療現場の課題を分析する。患者インタビュー、医療従事者インタビュー、アンケート、RWD、既存文献、コールセンターデータなどを用いて、どの局面で患者が離脱し、どの障壁が治療継続を妨げているのかを把握する。
Designでは、PSPの目的、対象、介入内容、提供チャネル、KPI、運用体制を設計する。ここで重要なのは、患者だけでなく、医師、看護師、薬剤師、MR、メディカル、PV、法務、外部ベンダーの行動まで含めて設計することである。PSPは患者向けサービスであると同時に、組織横断のオペレーションである。
Developでは、具体的なツールや体制を構築する。患者向け資材、動画、アプリ、コールスクリプト、FAQ、同意書、SOP、トレーニング資料、データ基盤、ダッシュボードなどを整備する。ここでは、法務、コンプライアンス、PV、情報セキュリティのレビューを後工程に回さないことが重要である。
Implementでは、医療機関、MR、コールセンター、デジタルチャネルを通じて実運用を開始する。初期段階では、いきなり全国展開するのではなく、パイロット施設で導入率、登録率、離脱率、問い合わせ内容、医療現場の反応を確認しながら改善することが望ましい。
Evaluateでは、KPIの進捗、患者と医療従事者の声、安全性情報の運用状況、費用対効果を評価する。PSPは作って終わりではない。評価結果をもとに、資材、導線、対象患者、支援内容、KPIを継続的に見直すことで、プログラムは進化していく。優れたPSPは、単発の施策ではなく、学習する仕組みである。

6. ベンダーマネジメントと社内体制が成否を分ける
PSPの実装には、多くの場合、外部パートナーとの協業が必要になる。CSO、コールセンター、PSP看護師、アプリ開発企業、CRMベンダー、データ解析会社、制作会社、監修医、アカデミア、患者団体など、関係者は多岐にわたる。
ここで重要なのは、ベンダーを単なる業務委託先として扱わないことである。PSPは、患者接点を外部に委ねる取り組みでもある。応対品質、情報管理、安全性情報の取り扱い、患者体験、医療機関との関係性が、製薬企業の信頼に直結する。したがって、SLA(Service Level Agreement)、品質指標、教育体制、監査、エスカレーションルール、情報セキュリティ、インシデント対応を契約と運用に落とし込む必要がある。
社内体制も同様に重要である。マーケティング部門は全体戦略とブランド課題との接続を担い、メディカルアフェアーズは医学的妥当性とエビデンス設計を担う。PVは有害事象情報の収集・報告体制を整備し、法務・コンプライアンスは非プロモーション性、個人情報、医行為との線引きを確認する。営業部門は医療機関への周知や導入支援を担うが、患者個別情報や医療判断に関与してはならない。デジタル・IT部門はUX、データ連携、セキュリティを担う。
PSPは、単独部門では完結しない。だからこそ、RACIを明確にし、意思決定者、実行責任者、レビュー者、相談先を整理する必要がある。部門横断のPSP推進委員会を設け、月次でKPIとリスクを確認することも有効である。
7. コンプライアンスは「止めるため」ではなく「続けるため」にある
PSPを実装するうえで、コンプライアンスは避けて通れない。薬機法、医療広告規制、業界コード、個人情報保護、GVP、医師法、研究倫理、SaMD該当性など、複数の論点が重なる。
重要なのは、コンプライアンスを「できない理由」として扱うのではなく、「安全に続けるための設計条件」として扱うことである。PSPは、医師の診断・治療判断を代替してはならない。患者の個別状態に応じた医学的判断を行ってはならない。緊急時や症状悪化時には、医療機関への相談や受診を促す必要がある。MRは患者個別対応や個人情報閲覧に関与してはならない。患者向けの表現では、効能効果の過度な強調、治療成果の断定、処方誘引につながる表現を避けなければならない。
また、PSPでは有害事象情報に触れる可能性がある。コール、チャット、アプリ、自由記載欄など、患者接点が増えるほど、安全性情報の取りこぼしや報告遅延のリスクも高まる。そのため、応対台本、キーワード検知、PVへのエスカレーション、記録様式、教育、監査を事前に整備しておく必要がある。
個人情報についても、取得目的、利用範囲、第三者提供、委託先管理、保管期間、削除、同意撤回、研究利用の可否を明確にする必要がある。将来的にRWD解析や学会発表を想定する場合は、運用利用と研究利用を分け、必要に応じて再同意、倫理審査、匿名加工・仮名加工の設計を行うことが求められる。
強いガバナンスは、挑戦を妨げるものではない。むしろ、透明性と再現性のあるガバナンスがあるからこそ、PSPは医療現場と患者から信頼され、長期的に継続できる。
8. PSPの成功要因は「患者中心」「現場実装」「データ駆動」の三位一体である
PSPの成功要因を一言で表すなら、患者中心、現場実装、データ駆動の三位一体である。
患者中心とは、社内の仮説や製品都合から始めるのではなく、患者の声、行動、困りごとから始めることである。現場実装とは、医療機関の業務導線に無理なく組み込まれ、医師、看護師、薬剤師、MR、外部パートナーが実行できる仕組みにすることである。データ駆動とは、KPIを定義し、患者と医療従事者の声を継続的に収集し、改善とエビデンス化につなげることである。
PSPは、薬の外側にサービスを追加する取り組みではない。薬剤が本来持つ価値を、実臨床で患者に届け切るための仕組みを作ることである。患者が治療を始められること、続けられること、不安を相談できること、医療現場が説明負担を軽減できること、企業が患者と現場から学び続けられること。そのすべてがつながったとき、PSPは単なる支援策ではなく、医薬品マーケティングの新たな戦略基盤になる。
第3回では、PSPの今後の進化を扱う。AI、PHR、EHR、リアルワールドデータが連携することで、PSPは一律の治療支援から、患者ごとに最適化されたパーソナライズド支援へ進化していく。今後の医薬品マーケティングでは、情報を届ける力だけでなく、患者と医療現場の課題を深く理解し、実装可能な支援へ落とし込む力が問われる。PSPは、そのための最も実践的な入り口である。
参考資料
●経済産業省「グレーゾーン解消制度に係る照会への回答」2019年3月
https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/press/190318_yoshiki.pdf
●Med Insights「患者が求める最適な患者サポートプログラム(PSP)とは ー指定難病患者に対するアンケート調査結果ー」
https://medinsights-j.com/whitepaper/338/](https://medinsights-j.com/whitepaper/338/
●疾患啓発(DTC)研究会 公式サイト
https://dtc-kenkyukai.com/
●IQVIA Japan「患者支援プログラム(PSP)の提供」
https://www.iqvia.com/ja-jp/locations/japan/solutions-and-services/contract-sales-organization-cso/patient-support-program
●大角知也 noteマガジン「PSP(患者サポートプログラム)」https://note.com/tomoya_okado/m/m842b576343fe
著者紹介:大角 知也(おおかど ともや)
医療・ヘルスケア分野で約20年にわたり新規事業開発や組織マネジメント等に従事。グローバルカンパニーにおいてオンコロジー領域の事業・組織責任者や患者サポートプログラム(PSP)の立ち上げをリードし複数の成功事例を創出。ベンチャー企業およびスタートアップ企業では医療データやAIを活用したソリューションを提供し、戦略立案から営業・導入までを一貫して推進。複数社のアドバイザーを務め、事業開発・人材育成・マーケティング等を支援。さらにイベント運営やモデレーター、講演実績も豊富で、ヘルスケア業界に幅広いネットワークを築いている。早稲田大学ビジネススクールにて経営学修士号(MBA)。
問合せ先:info@ookado.co.jp
