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マーケティング実践情報

「PSPが変える医療用医薬品マーケティングの再設計」 第1回 PSPとは何か。エビデンスと事例から考える患者中心マーケティングの新たな起点

2026年6月8日

大角 知也
2026年6月8日読了時間 6分

1.製品中心から患者中心へ:PSP(Patient Support Program)の定義と必要性

製薬業界のマーケティングモデルは、いま大きな転換点を迎えている。従来の「製品中心」の情報提供モデルは、医薬品の有効性・安全性、適正使用情報を医療従事者へ正確に届けるうえで重要な役割を果たしてきた。一方で、スペシャリティ医薬品、自己注射製剤、希少疾患治療薬、長期管理を要する慢性疾患領域が拡大するなかで、薬剤の価値は「処方された瞬間」だけでは完結しなくなっている。

患者が治療を理解し、納得し、不安を乗り越え、継続できて初めて、薬剤の価値は実臨床で発揮される。どれほど優れた薬剤であっても、導入時の不安、副作用への懸念、自己注射手技への戸惑い、仕事や家庭との両立困難、経済的負担への不安が大きければ、治療継続は難しい。この「薬剤と患者の日常の間にあるギャップ」を埋める取り組みが、PSP、すなわちPatient Support Programである。

本稿は、医療データとAIが医療用医薬品マーケティングをどう再設計するのかを考える3部シリーズの第1回である。第1回では、PSPの定義、役割、エビデンス、国内外の事例を整理し、PSPがなぜ医薬品マーケティングの重要テーマになっているのかを明らかにする。第2回では、PSPの設計と実装、成功のポイントを扱う。第3回では、AI、PHR、EHR、リアルワールドデータとの連携により、PSPが今後どのように進化しうるのかを展望する。

PSPは、単なる患者向けサービスではない。製薬企業が薬剤単体の価値提供から、治療体験全体の価値提供へ進化するための戦略基盤である。言い換えれば、PSPとは「患者が治療を続けられる環境」を設計する取り組みであり、医療従事者の負担を軽減し、患者の不安を下げ、適正使用と治療継続を支える仕組みである。

2.PSPの戦略的基盤とコンプライアンス:規制下の安全な設計

ここで重要なのは、PSPをプロモーション施策として捉えないことである。医療用医薬品の領域では、薬機法、医療広告規制、景品表示法、業界コード、個人情報保護、製造販売後安全管理など、複数の規制・ルールを踏まえた慎重な設計が不可欠である。効能効果を過度に強調する、治療成果を断定する、他剤との優劣を不適切に示す、患者の受診行動を過度に誘導する、といった表現は避けなければならない。

一方で、規制を理由に患者支援を過度に萎縮させるべきでもない。2019年のグレーゾーン解消制度に係る回答では、患者サポートプログラムに関する照会への回答では、患者の個別的な状態に応じた医学的判断を行わないことを前提に、いずれも医行為に該当せず、医師でない者が業として行っても医師法第17条に違反しないとの考え方が示されている。具体的には、服薬状況の確認、投与スケジュールの作成補助、副作用への不安に対する一般的情報提供、必要時の受診勧奨、生活習慣改善の支援、社会保障制度の案内などが対象となりうる。

つまり、PSPの設計で重要なのは、「何をしてはいけないか」だけではない。「どこまでなら患者価値と医療現場価値を安全に高められるか」を精緻に整理することである。医師の診断・治療判断に踏み込まない。個別の医学的判断を代替しない。緊急時や症状悪化時には医療機関への相談・受診を促す。個人情報と安全性情報の取り扱いを明確にする。この基本線を守ることで、PSPはコンプライアンスと患者価値を両立できる。

3.疾患領域別PSPの事例とエビデンス:多角的な価値軸

PSPの価値は、複数の疾患領域で報告されている。

第一の事例は、がん領域におけるePRO、すなわち電子的患者報告アウトカムの活用である。Baschらは、進行がん患者を対象に、通常診療に加えて患者が症状を電子的に報告し、医療者が症状悪化を把握する仕組みを評価した。その結果、電子的症状モニタリング群では通常ケア群と比較して全生存期間中央値が延長したことがJAMAで報告されている。これは、薬剤そのものを変えるのではなく、治療中の患者状態を早期に把握し、適切な対応につなげる支援がアウトカムに影響しうることを示した重要な事例である。

第二の事例は、自己免疫疾患領域におけるアドヒアランス支援である。Brixnerらは、アダリムマブを使用する患者を対象に、患者サポートプログラムの利用と服薬アドヒアランス、治療継続、医療費との関連を検討した。J Manag Care & Specialty Pharmacyに掲載された同研究では、PSP利用群でアドヒアランスが高く、治療中止リスクが低く、薬剤費は増加する一方で総医療費は低い傾向が報告されている。薬剤費だけでなく、入院、救急受診、疾患関連コストを含めた全体最適の視点からPSPを評価する必要性を示す事例である。

第三の事例は、日本における骨粗鬆症領域のJFOS研究である。Satoらは、1日1回投与のテリパラチド治療を受ける日本人骨粗鬆症患者を対象に、患者サポートプログラムがアドヒアランスや治療継続に与える影響を検討した。プログラムには、コールセンターによる支援、治療継続を促す資材、患者のモチベーション維持を目的とした仕組みが含まれていた。研究では、PSP参加群で高アドヒアランスや治療継続率が高い傾向が示されている。自己注射や長期治療が必要な領域では、患者の不安や負担を軽減する支援が治療継続に関係しうることを示す国内事例である。

第四の事例は、呼吸器領域における重症好酸球性喘息のリアルワールドデータである。カナダで実施されたメポリズマブの観察研究では、患者サポートプログラムを含む実臨床下での治療により、喘息増悪や医療資源利用の減少が報告されている。喘息増悪、一般医受診、専門医受診、救急外来受診といった指標が評価され、PSPを含む治療支援が患者の自己管理と医療システム全体の負荷軽減に寄与しうることが示唆されている。

4.PSPの成功要因と今後の展望:クロスファンクショナルな設計とAI連携

これらの事例から見えてくるのは、PSPの価値は「患者満足度の向上」にとどまらないということである。治療理解、アドヒアランス、治療継続、症状把握、医療資源利用、医療従事者の業務負担、安全性情報の把握、患者体験の改善など、PSPは複数の価値軸を持つ。特に医薬品マーケターにとって重要なのは、PSPが単なる付帯サービスではなく、患者ジャーニー全体を理解し、治療障壁を特定し、実臨床で薬剤価値を届けるための仕組みであるという点である。

ただし、PSPの効果を過度に一般化することは避けるべきである。PSPは万能ではない。疾患特性、薬剤特性、患者背景、医療提供体制、導入タイミング、支援内容、評価指標によって成果は大きく変わる。したがって、製薬企業がPSPを設計する際には、「他社が実施しているから導入する」ではなく、「この薬剤、この疾患、この患者にとって、どの治療障壁を解消するのか」から考える必要がある。

実務上は、まず患者ジャーニーを分解することが出発点になる。診断前、診断時、治療選択時、初回投与時、導入後1か月、維持期、増悪時、治療変更時という各局面で、患者が何に困り、医療従事者がどこで説明負荷を感じ、どのタイミングで離脱が起きるのかを可視化する。そのうえで、PSPが介入すべきポイントを絞る。すべてを支援しようとすると、プログラムは複雑化し、運用負荷も審査負荷も高まる。優れたPSPほど、目的が明確で、対象患者が明確で、提供価値がシンプルである。

次に重要なのは、医療従事者にとっての価値を明確にすることである。PSPは患者のための取り組みであると同時に、医療現場の業務負荷を軽減するものでなければならない。自己注射導入時の説明補助、副作用不安への一般的な情報提供、服薬・投与スケジュールのリマインド、治療継続上の困りごとの整理、制度案内などは、医療従事者の説明負担を軽減しうる。一方で、医療機関側に新たな登録作業や説明負荷が過度に発生すれば、PSPは現場に定着しない。医療現場にとって紹介しやすい、説明しやすい、安全に運用できる設計が不可欠である。

製薬企業にとってのPSPの価値は、短期的な売上貢献だけで測るべきではない。もちろん、治療継続率の改善や初期離脱の抑制は重要なKPIになりうる。しかし、それ以上に重要なのは、患者の治療体験、医療従事者の課題、実臨床での障壁を継続的に学習できる点である。適切な同意、個人情報管理、安全性情報管理を前提に、PSPから得られる患者の声や行動データは、資材改善、疾患啓発、医療従事者向け情報提供、次世代サービス開発に活用できる可能性がある。

今後の医薬品マーケティングでは、薬剤の情報を届ける力だけでなく、治療が実際に継続される環境を設計する力が問われる。MR、メディカル、マーケティング、ペイシェントエンゲージメント、デジタル、法務・コンプライアンス、安全性、外部ベンダーが分断されたままでは、PSPは機能しない。必要なのは、患者体験を中心に据えたクロスファンクショナルな設計である。

PSPの本質は「薬の外側に何かを足すこと」ではない。薬剤が本来持つ価値を、実臨床で患者に届け切るための仕組みをつくることである。これからの製薬企業に求められるのは、製品中心のマーケティングから、治療継続、患者体験、医療現場支援を統合した価値提供へと進化することである。

第2回では、PSPをどのように設計し、医療現場に実装するのかを扱う。患者ジャーニーを起点に、Who、When、What、Howを整理し、KPI、RWD、医療現場連携、ベンダーマネジメント、コンプライアンス体制まで、実務で押さえるべき成功要因を解説する。第3回では、今後のPSPの可能性を展望する。AI、PHR、EHR、リアルワールドデータが連携することで、PSPは一律の治療支援から、患者ごとに最適化されたパーソナライズド支援へ進化していく。

将来的には、PSPは単なる治療継続支援を超え、患者の生活、就労、家族、心理、社会制度との接点まで支える「人生支援プラットフォーム」へ発展する可能性がある。医薬品マーケティングの次の競争軸は、情報量ではなく、患者と医療現場の課題をどれだけ深く理解し、実装可能な支援へ落とし込めるかにある。PSPは、そのための極めて実践的な入り口である。

出典・参考文献・note記事

●経済産業省「グレーゾーン解消制度に係る照会への回答」2019年3月

●Basch E, et al. Overall Survival Results of a Trial Assessing Patient-Reported Outcomes for Symptom Monitoring During Routine Cancer Treatment. JAMA. 2017.

●Brixner D, et al. Patient Support Program Increased Medication Adherence with Lower Total Health Care Costs Despite Increased Drug Spending. J Manag Care Spec Pharm. 2019.

●Sato M, et al. Patient support program and adherence to daily teriparatide treatment in Japan. Arch Osteoporos. 2018.

●Khurana S, et al. Real-world outcomes of mepolizumab in severe eosinophilic asthma. Allergy Asthma Clin Immunol. 2024.

https://note.com/tomoya_okado/n/n867adb966555?sub_rt=share_pb

著者紹介:大角 知也(おおかど ともや)

医療・ヘルスケア分野で約20年にわたり新規事業開発や組織マネジメント等に従事。グローバルカンパニーにおいてオンコロジー領域の事業・組織責任者や患者サポートプログラム(PSP)の立ち上げをリードし複数の成功事例を創出。ベンチャー企業およびスタートアップ企業では医療データやAIを活用したソリューションを提供し、戦略立案から営業・導入までを一貫して推進。複数社のアドバイザーを務め、事業開発・人材育成・マーケティング等を支援。さらにイベント運営やモデレーター、講演実績も豊富で、ヘルスケア業界に幅広いネットワークを築いている。早稲田大学ビジネススクールにて経営学修士号(MBA)。問合せ先:info@ookado.co.jp