前回の記事「マーケティングにおけるSTP分析の本質① セグメンテーション」では、STP分析の出発点となる「セグメンテーション」について解説しました。
今回は、その次のステップである ターゲティング(Targeting)について考えてみたいと思います。
ターゲティングとは、セグメンテーションによって分けられた市場の中から、どの顧客層に最も注力するべきかを決めるプロセスです。
医薬品マーケティングでは、プロモーションに使えるリソースが常に限られています。
そのため、「どこにリソースを集中させるべきか」を見極めることが、戦略の成果を大きく左右します。
まさに、マーケターとしての腕の見せ所です。
▼マーケティングにおけるSTP分析の本質① セグメンテーション
■ターゲティングとは何か― 6Rの視点
ターゲティングを考えるときに、よく使われる考え方の一つが6Rです。
これは、製品価値の最大化とプロモーションの実効性を考慮した際に、適切なターゲティングが出来ているかを整理するためのフレームワークです。
ターゲティングのフレームワーク「6R」 
この6つを常に意識しながらターゲット選定を行うことで、戦略の精度と効果が大きく向上します。特に、医療用医薬品のマーケティングにおいては、まず、「Realistic Scale(有効な市場規模)」「Rate of Growth(市場の成長性)」「Rival(競合状況)」の3つを意識し、ターゲットとしての妥当性を考慮した上で、その次に、他の3つを確認することが、よりスムーズで適切なターゲット選定に繋がると言えます。
1.医師のターゲティング
セグメンテーションによって医師のグループが整理されたら、その中からどの医師に重点的にアプローチするのかを決めます。
●市場構造と自社シェアを踏まえる
例えば、ある疾患領域で市場全体の70%をGP(一般開業医)が担っているとします。生活習慣病などでは、このような構造は珍しくありません。
このとき、自社製品のシェアを専門別に見ると、
専門医ではシェアが高い
GPの非専門医ではシェアが低い
といった傾向が見えてくることがあります。
こうした状況では、いくつかのターゲティングの選択肢が考えられます。
シェアの低いGP非専門医を重点ターゲットにする
既に強い専門医との関係をさらに強化する
このどれを優先するかは、製品特性や製品のステージ、社内リソースや市場環境によって変わってきます。
ターゲット選定する上で、以下のような4象限の図表などに表すと、視覚的な共有も可能となり、社内での共通の理解も進み易くなります。
【図】市場規模とマーケットシェアによる各セグメントの位置づけ

●行動特性を組み合わせて考える
セグメンテーションで
有効性重視
安全性重視
といった医師の行動特性が分かっている場合には、
市場規模×シェア×行動特性
の組み合わせでターゲットの優先度を整理することができます。
例えば、
有効性重視の医師には製品の強みが伝わりやすい
安全性重視の医師には情報提供の余地がある
こういった医師の行動特性が、ターゲットの優先順位づけにも重要な情報となります。
● 80/20ルール(パレート分析)の活用
ターゲット医師数はMRのリソース配分と密接に関わるため、実務では必ず「現実的なターゲット数」に調整する必要があります。
よく使用されるのがパレート分析です。多くの市場では、
売上の80%は上位20%の顧客で構成される
と言われています。
医療用医薬品においても、汎用される薬剤においては、この80/20が概ね当てはまるケースが多いです。
この20%が、自社のリソースがカバーできるターゲット数になっているかを見ることで、ターゲット数を現実的な範囲に収めるうえで、一つの参考ともなります。
【図】パレート図のイメージ

2.ターゲット医師リスト作成に必要なデータ
日本では、製薬企業が医師個別の薬剤の処方状況や、個別のクリニックでの他社製品を含む売上データを入手することができません。そのため、ターゲット精度を高めるには複数のデータソースを組み合わせる必要があります。
例えば、次のような情報です。
データ販売会社の売上データ(外部リソース)
施設別の売上ポテンシャル情報(外部リソース)
医師サンプル調査に基づいた処方医師推計データ(外部リソース)
医師情報マスターファイル(外部リソース)
自社売上データ(社内データ)
MRによる調査データ(社内データ)
医療機関規模、学会情報や専門医資格など(公開情報)
こうした情報を重ね合わせることで、ターゲット像をより具体的にしていきます。
3.ターゲット医師リスト作成の実務プロセス
データ分析によってターゲット候補を抽出することはできますが、読者のみなさんもご承知の通り、データだけで完璧なターゲットを特定することは難しいのが実際のところです。
MRの現場の知見を反映させることで、データの欠点を補完し、ターゲットリストの精度と実効性を高める必要があります。
● MRによる現場での妥当性の確認が重要な理由
データが示すポテンシャルと実際の診療傾向が一致していない場合がある(データだけでは病院の処方医が特定できない。病院/医院と調剤薬局の紐づけが正確でない)
処方機会が少なくても影響力のある医師が存在する(Opinion Leaderなど)
施設事情(転勤、医師構成の変更、診療実態)は現場の方が把握している
ターゲットリスト最終化に現場も関与したという合意形成が必要
また、近年MR数の減少とデジタルチャネルの活用が進んでいます。
そのため、ターゲティングの考え方も少し変わってきました。
例えば、
優先度は低いが、デジタルなら継続接点が持てる医師
デジタル親和性が高く、オムニチャネル施策での反応が良い医師
対面接触が難しく、デジタルのみでアプローチ可能な医師
これらの医師にはMRリソースを出来るだけ割かず、デジタル施策を中心にアプローチします。
MRとデジタルのオムニチャネル戦略をどう構築するかが、これからの医薬品マーケティングの大きなテーマと言えるでしょう。
4.患者のターゲティング
医師とは異なり、患者のターゲティングでは最初から範囲を狭めすぎないことが重要です。
基本的には、市場のボリュームゾーンを押さえながら、製品特性が最も活きる患者層を考えていきます。
例えば、腎機能への影響が少ない薬剤であれば、
高齢患者
腎機能低下リスクのある患者
が差別化ターゲットとしては、最も有効かもしれません。
しかし、それらの患者が市場のボリュームゾーンでない場合に、ターゲットを絞りすぎると逆に市場機会を狭めてしまうこともあり、これには、注意が必要です。
市場のボリュームゾーンと製品特性。このバランスをどう取るかが重要です。
患者ターゲティングで重要なのは、医師が「どのような患者に使うべき薬なのか」を具体的に想起できるようにすることです。
そのために有効なのが、ペルソナとペイシェントジャーニーの作成です。
これにより、患者のニーズ、治療上の障壁、感情の変化、医師との接点が可視化され、
「どの患者にどう価値を届けるべきか」がより鮮明になります。
※ペルソナとペイシェントジャーニーについては、今後、別途記事にしていきたいと考えていますので、お待ちください。
■おわりに
ターゲティングは、マーケティング戦略の中でも特に重要なステップです。
なぜなら、誰をターゲットにするかによって、その後のすべての活動が変わるからです。
また、ターゲティングは単なるマーケティングの問題ではなく、限られたリソースをどこに配分するかという経営判断でもあります。
そのため、マーケティング部門だけでなく、営業部門との連携も欠かせません。
次回、「マーケティングにおけるSTP分析の本質③」では、ターゲティングの結果を踏まえて決定されるポジショニングについて解説していきます。
