はじめまして。株式会社DiveDot代表取締役の村上武志です。医師として、全国の医師約500名とともに、製薬企業の患者サポートプログラム(PSP)の支援や、医師・患者さんへの調査を行っています。
この記事では、医師としての経験と、PSPを支援してきた経験から、診察室や患者さんのご自宅で見てきた「処方の先」で何が起きているのか、そして、それがなぜ今、製薬企業のマーケティングにとっても大事になってきているのかをお話ししたいと思います。
患者さんは「調べてから」診察室に来るようになった
ひと昔前、疾患や治療についての専門的な情報は、圧倒的に医療従事者の側にありました。しかし今では、患者さん自身がインターネットやSNSで調べたり、LINEのオープンチャットのように気軽に参加できる患者コミュニティで情報を交換したりできます。そして最近は、そこにChatGPTのような生成AIが加わりました。
実際、私がある薬を処方しようとしたときに、患者さんからこう聞かれたことがあります。
「先生、この薬は副作用でこういった症状があるとchat GPTで伝えられました。大丈夫なんでしょうか?」
ほかの医師に聞いても、同じような経験をしている人は少なくありません。
これからは、「ChatGPTではこう言われたのですが、先生はどう考えますか」という質問が、当たり前になっていくと思います。患者さんが自分で情報にアクセスできること自体は、とても良いことです。一方で医師は、副作用や効果、ほかの治療法との違いについて、これまで以上に丁寧な説明を求められるようになっています。
医師に求められるのは、「この薬を使いましょう」と伝えることではなく、「いろいろな情報がある中で、なぜあなたにはこの治療なのか」を、納得できる形で説明することになってきています。

治療は「一緒に決めるもの」になってきた
こうした変化の中で、治療の決め方そのものも変わってきています。理由は大きく三つあると私は考えています。
・ 患者さんが情報を持つようになった:医療従事者との情報格差が小さくなり、患者さん自身が「どんな治療を受けたいか」を考えられるようになった。
・ 治療がスペシャリティ化し、複雑になった:希少疾患、高額薬、自己注射を伴う治療などが増え、それまで聞いたこともなかった病気と薬を、短い時間で理解しなければならない場面が増えた。
・ 患者さんにとっての「良い医療」が一つではない:治療効果を最優先したい人もいれば、副作用や通院負担を減らしたい人、仕事を続けたい人、家族との時間を優先したい人もいる。
その結果として、医師が一方的に決めるのではなく、患者さんの価値観や生活をふまえて一緒に治療を選ぶ、Shared Decision Making(SDM)が重視されるようになりました。患者さんの納得感や満足度、QOLといったものが、治療の成果の一つとして大切にされるようになっています。
医学が進歩し、治療の選択肢が増えたからこそ、科学的なエビデンスだけでは決めきれない部分も、むしろ大きくなっているように感じます。
近代医学の父とも呼ばれるWilliam Oslerは、医療について “The practice of medicine is an art based on science.” と述べています。医療の実践は、サイエンスを土台としながらも、目の前の患者さんにとって何が最善なのかを考える「アート」でもある、という言葉です。
同じ疾患、同じ治療選択肢であっても、その人が何を大切にしているかによって、選ぶ治療は変わり得ます。治療効果だけではなく、副作用、費用、通院の負担、仕事や家庭との両立なども含めて、その人にとっての「良い治療」を一緒に考える必要があります。
そして今、この「アート」の部分が、以前にも増して顕在化してきているのではないでしょうか。
処方の「先」に、もう一つの意思決定がある
製薬企業の皆さんは普段、「この薬を、医師にどう使ってもらうか」を深く考えていると思います。一方で医師は、処方したその先で、「患者さんにどう理解してもらい、どう使い続けてもらうか」を考えています。
つまり、薬が患者さんに届くまでには、少なくとも二つの意思決定があります。医師が「この薬を使おう」と決めること。そして、患者さんが「この治療を受けよう、続けよう」と決めること。
医師が説明し、治療を提案しても、患者さんが治療を始めるとは限りません。始めたとしても、副作用や通院の負担、生活との両立の難しさから、続けられないこともあります。診察室にいると、これは決して珍しいことではありません。
マーケティングの視点で見ても、ここは見過ごせない部分だと思います。とくに患者数が限られるスペシャリティ領域では、処方意向が高まっても、ICの後に治療が始まらない、始まっても続かないということが、そのまま成果を左右します。ところがこの部分は、売上の数字には表れても、その理由まではなかなかデータに出てきません。
「診断された」ことと、「治療が患者さんに届いた」ことは、同じではありません。IC(インフォームド・コンセント)の後に実際に治療を始めるかどうか、そして治療を続けられるかどうかには、患者さんご自身の意向が大きく影響します。

患者さんが「調べる」ことは、バリアにもチャンスにもなる
患者さんが自分で調べるようになったことは、治療にとってバリアにもなり得ます。断片的な情報で不安が膨らみ、本来なら受けたほうがよい治療を避けてしまうこともあるからです。
一方で、見方を変えれば、これはチャンスでもあります。患者さん自身が情報を求めている、ということは、正しく、自分ごととして理解できる情報や支援が届けば、治療への理解と納得を後押しできる接点が増えた、ということでもあるからです。
ところが、診療時間は増えていません。限られた外来の時間の中で、病気を説明し、治療選択肢を説明し、効果と副作用を説明し、患者さんが持ってきた情報や不安にも答える。これは、かなり難しいことです。
だからこそ、診察室の中だけですべてを完結させるのではなく、診察の前後も含めて、患者さんが理解し、納得し、治療を続けられるように支える仕組みが必要になっています。そこで出てくるのが、Patient Support Program(PSP)です。
PSPは、患者ジャーニーのどこにでも入り込める
PSPという言葉から、患者相談窓口や服薬支援、資材提供などを思い浮かべる方も多いと思います。私はもう少し広く、「患者さんが治療にたどり着き、続けられるようにするための、企業による支援の仕組み」と捉えています。
患者さんの治療を一つの流れとして見ると、PSPが入り込める場面はたくさんあります。
本サイトの連載「PSPが変える医療用医薬品マーケティングの再設計」第2回で大角知也氏が整理しているように、患者ジャーニーは、診断前、診断時、治療選択時、初回投与時、導入後、維持期、増悪時、治療変更時と、いくつもの段階に分けて考えることができます。そして、段階ごとに患者さんが抱える課題は変わります。
・診断直後:病気そのものへの理解不足や、将来への不安
・治療の導入時:副作用、自己注射、投与スケジュール、費用、仕事や家庭との両立への心配
・維持期:症状が落ち着いたことによる自己中断、通院の負担、モチベーションの低下
大角氏は、こうした段階ごとに「誰を(Who)」「いつ(When)」「何で(What)」「どのように(How)」支援するのかを整理することがPSP設計の出発点だとし、「優れたPSPほど、対象患者、介入タイミング、提供価値が明確である」と述べています。

そして、届け方も一つではありません。患者さんに直接届けるものもあれば、医師との連携の中で、診察の場で使ってもらうものもあります。
ただ、選択肢が多いぶん、PSPは「宙ぶらりん」になりやすいとも感じています。作ったけれど患者さんに使われない。医師から紹介されない。誰が、どの場面で、どう渡すのかが決まっていない。登録者数は分かるけれど、患者さんに何が起きたのかは分からない。医師の側から見ていると、こうしたPSPは少なくありません。
医師と患者さんでつくるPSP
だから、PSPを考えるときに大切なのは、最初から「こんなプログラムを作ろう」と考えることではないと思っています。
・まず患者さんに聞いてみる。
・医療従事者にも聞いてみる。どう説明しているのか、何が説明しにくいのか。
・患者さんはどこで困っているのか。医師はどこに難しさを感じているのか。なぜ治療を始められないのか。なぜ続けられないのか。
そこを理解して初めて、「では、どんな支援が必要なのか」が見えてきます。
DiveDotでは、強力な医師のネットワークを活用し、この患者・医療従事者双方の声を起点として、課題を整理し、必要な支援を考え、実装し、その結果を検証していくことをPSP支援の基本にしています。
たとえば患者向けの資材なら、作用機序や疾患の説明だけでなく、「いつ頃から効果を感じられるのか」「どんな症状なら病院に連絡すべきか」「自己負担はどのくらいか」といった、患者さんが本当に知りたいことに沿って見直すことができます。患者さんを集める、ロールプレイで資材を試す、実際の外来で使ってみるなど、医師が関われる場面も意外と多くあります。
こうして患者さんを起点に見ていくと、PSPはマーケティングだけの話ではないことにも気づきます。なぜ治療を始めないのか、なぜ続けられないのかはマーケティングのインサイトになり、実臨床に残るアンメットニーズはメディカルにとって、さらにその先の治療開発にとっても重要な情報になります。もちろん、製薬企業が患者さんに関わる活動では、マーケティングとメディカルの目的を明確に分けるなど、適切なガバナンスが欠かせません。

将来の医療における「三方よし」
PSPについて考えていると、私は近江商人の「三方よし」に近いものを感じます。
患者さんにとっては、自分の病気や治療を理解し、納得して治療を受け、続けられる。
医療従事者にとっては、患者さんへの説明や治療継続を支援しやすくなり、場合によっては現場の負担も減らせる。
そして製薬企業にとっては、薬を提供するだけではなく、その薬が患者さんに届き、本来の治療価値を発揮するところまで支援できる。
言ってみれば、「患者よし、医療者よし、製薬企業よし」です。
医師の立場から付け加えるなら、その出発点は、患者さんが困っていること、医療現場で変えられること、製薬企業が支援できることの三つが重なるところを見つけることだと思います。その重なりを、実際に患者さんに届く変化にしていく。それがPSPの役割ではないでしょうか。
患者さんを中心に考えることは、短期的には遠回りに見えることもあるかもしれません。
けれども、医師としては、患者さんが納得して治療を選び、続けてくれることほどありがたいことはありません。患者さんに向き合う取り組みは、医療現場からの信頼につながり、結果として、薬が本来の価値を発揮することにもつながっていきます。
そう考えると、患者中心という考え方は、遠回りに見えて、実は遠回りではないのかもしれません。
PSPは単なる「患者支援のプログラム」ではなく、製薬企業が患者中心を具体的な形にするための一つの方法。
私は、そんなふうにPSPを捉えています。
薬は、届いて初めて薬になる。その「届くところ」までを、医療現場と製薬企業で一緒につくっていけたらと思っています。

【株式会社DiveDotの概要】
医師約500名が参画する医療ネットワーク「Medreach」を運営するヘルステックスタートアップ。医師・患者さんへの調査を起点に、製薬企業のマーケティング支援や、ペイシェント・サポート・プログラム(PSP)の設計・実装・効果検証を支援する。代表は現役の医師で、非常勤で訪問診療を続けながら、医療現場と製薬企業の間にある溝を埋め、患者さんが治療にたどり着き、続けられるまでを支えることをテーマに事業を展開している。
担当者:代表取締役CEO 村上武志
