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マーケティングフレームワーク

ペルソナとカスタマージャーニー② 医師のカスタマージャーニー ― “処方に至る意思決定”をどう読み解くか ―

2026年5月28日

医薬マーケティングLab編集部
2026年5月28日読了時間 4分

前回の記事「ペルソナとカスタマージャーニー①」では、「ペルソナ」に焦点をあて、医師や患者を単なる属性情報としてではなく、「意思決定を行う一人の人物」として捉えることの重要性についてお話ししました。

ただ、実際のマーケティングでは、「どんな医師なのか」が分かるだけでは十分とは言えません。

本当に重要なのは、その医師が、

Ÿ どのような情報に触れ

Ÿ 何に迷い

Ÿ どのタイミングで判断し

Ÿ なぜ行動を変えるのか

という、「意思決定に至るまでの流れ」を理解することです。

そこで重要になるのが、「カスタマージャーニー」という考え方です。

ペルソナが顧客像をあたかも静止画のように捉えるものだとすれば、カスタマージャーニーは、その人物に時間軸を加え、「どのようなプロセスを経て考え方や行動が変化していくのか」動的に整理するものと言えます。

今回の「ペルソナとカスタマージャーニー②」では、そうした医師の意思決定プロセスを理解し、施策をより実践的に設計する土台となる医師のカスタマージャーニーについて一緒に考えていきましょう。

カスタマージャーニーは何故重要か

さて、改めて考えてみましょう。なぜ今、カスタマージャーニーが重要視されるようになったのか。

もともと、カスタマージャーニーは、一般消費財やサービス業界を中心に発展してきたマーケティング手法です。

特に、BtoCマーケティングのデジタル化が進んだこと。このことにより、顧客との接点(タッチポイント)は飛躍的に増加・多様化しました。 その結果、企業側には、顧客が 「どのように情報に触れ、比較し、納得し、意思決定に至るのか」 を、時間軸で捉える視点が求められるようになりました。

近年、この考え方が医療用医薬品マーケティングでも重要視されるようになった背景には、医師を取り巻く情報環境の大きな変化があります。

かつて、医師との主要な接点はMRとの対面面談が中心でした。

しかし現在では、「ウェビナー」「製薬企業Webサイト」「3rdパーティープラットフォーム」「メール配信」「SNS」など、情報接点は極めて多様化しています。

さらに、取得可能なデータも進化しています。単なる講演会視聴ログだけではなく、複数メディアへの接触状況や、その後の行動・反応まで把握できるようになりつつあります。

このような環境変化の中で、製薬企業側にも、 「どのタイミングで、どんな情報を、どのチャネルで、どのように届けると、医師の判断が前に進むのか」 を、一連の流れとして設計する視点が、これまで以上に求められるようになってきました。

つまり、カスタマージャーニーは単なる顧客行動の整理ではなく、複雑化した情報環境の中で、医師の意思決定構造を理解し、より適切なコミュニケーションを設計するための重要なフレームワークになっていると言えるでしょう。

カスタマージャーニー作成の意義

カスタマージャーニーを描くことで、何が見えてくるのでしょうか。医師のカスタマージャーニー作成の意義を5つに整理してみました。

1.意思決定プロセスの可視化

医師/患者が情報に触れ、理解し、迷い、判断に至るまでの流れを時系列で整理することで、意思決定の全体像を具体的に把握できる。

2.行動変容ポイントの特定

不安や疑問が生じる局面、行動の分岐点を明確にし、重点的に対応すべきポイントを浮き彫りにできる。

3.製品価値発揮の局面の明確化

医師・患者の意思決定や診療プロセスの中で、製品の特長やエビデンスが意味を持つ局面を整理し、製品に求められる役割を明確にする。

4.製品施策の一貫性確保

MRディテール、資材、講演会、デジタル施策などを単発で考えるのではなく、ジャーニー全体の流れに沿って設計することで、統一感のある施策展開が可能となる。

5.組織内認識の共有と再現性向上

関係部門で共通の顧客理解を持つことができ、施策の意図や成果を振り返りやすくなり、改善と横展開につながる。

医師のカスタマージャーニーは「ステージ×観点」で考える

医師のカスタマージャーニーは、以下の5つのステージで整理できます。

これは、消費者行動モデルであるAIDMAを、医療用医薬品マーケティング向けに応用したものと考えると理解しやすいかと思います。

1.認知・興味

2.情報収集

3.検討・比較

4.処方

5.継続

そして、この各ステージにおける医師の「行動」「心理」「情報ニーズ」「コンテンツ」「チャネル」「感情の変化」を以下の図にならって整理していきます。
つまり、カスタマージャーニーとは、単なる「行動の流れ」ではなく、「医師が、どのように考え、迷い、納得し、処方に至るのか」を可視化するためのフレームワークといえます。

■ Moment of TruthMOT)を捉える

消費財マーケティングでは、意思決定、行動変容の流れの中で、感情や判断が大きく動く瞬間をMoment of TruthMOT)と呼びます

医師のカスタマージャーニーでも、同様に、

Ÿ 初めて強い納得感を持った瞬間

Ÿ 安全性への不安が強くなった瞬間

Ÿ 実際に患者で効果を実感した瞬間

など、判断が大きく揺れる瞬間が存在します。

例えば、医師が、「この患者に、本当に使っていいのか?」(安全性・適用・妥当性への不安が最も強く出る瞬間)と感じる瞬間なども、重要なMOTになりやすいと言えます。

レバレッジポイントという考え方

また、その判断を前に進めるために、介入すると最も効くポイント(どこを変えれば動くか)をレバレッジポイントと言います。「MOT」と「レバレッジポイント」の関係を考えてみましょう。

MOTは、「判断が揺れる瞬間」です。

一方、レバレッジポイントとは、

「その判断を前に進めるために、どこに介入すると最も効果的か」

という視点です。

例えば、

Ÿ どの患者なら適切な導入が可能か

Ÿ 患者説明への心理的ハードル

Ÿ 安全性への不安

Ÿ 初回導入への慎重さ

などは、医師の判断が止まりやすいポイントと言えます。

そして、このような不安や迷いに対して、どこに、どのように介入すると判断が前に進むのか。

その着眼点が「レバレッジポイント」という考え方です。

そして、その不安や迷いを解消するためのアプローチとして、

Ÿ KOLによる症例提示(他の医師による実践知の共有)

Ÿ 患者説明用ツール

Ÿ 安全性に関する具体的Q&A

Ÿ 初回導入患者の選び方

“使えないジャーニー”になっていないか

さて、実際の現場では、カスタマージャーニーが「とりあえず作っただけ」で終わってしまっているケースも少なくないのではないでしょうか。

例えば、

Ÿ 学会で製品を認知

Ÿ MR面談を実施

Ÿ 講演会に参加

Ÿ 処方開始

といった、“行動”だけを並べたジャーニーがよくみられます。

もちろん、こうした整理にも一定の意味はあります。しかし、それだけでは、

「なぜ、その医師は処方をためらっているのか」

「どの場面で不安や迷いが生じているのか」

「何が最後の後押しになるのか」

までは見えてきません。

その結果、ジャーニーを描いたにもかかわらず、具体的な施策やアクションにつながらない。そんな状態に陥ってしまうのです。

 

本当に重要なのは、単なる行動ではなく、

Ÿ 医師がどのような心理状態にあるのか

Ÿ どこで感情が揺れているのか

Ÿ どんな背景で判断しているのか

Ÿ 何が行動を止めているのか

までを含めて理解することです。

つまり、カスタマージャーニーとは、単なる「顧客行動の整理表」ではありません。

医師の意思決定を理解し、行動変容を前に進めるための“設計図”と言えるのではないでしょうか。

 

おわりに

医師のカスタマージャーニーは、「企業が何を伝えたいか」ではなく、「医師が、その時点で何を考え、何に迷い、何を必要としているか」を理解するためのフレームワークです。

ペルソナによって「誰に向けた施策なのか」を定義し、ジャーニーによって「どのように意思決定が進むのか」を理解する。

この両者が組み合わさることで、初めて顧客視点のマーケティングが具体的な形を持ち始めます。

特に今後は、MRだけではなく、デジタル施策、AI、データ活用など、医師との接点がさらに多様化していきます。

だからこそ、「どのステージの医師に、どの情報を、どのチャネルで届けるのか」という設計思想が、ますます重要になっていくでしょう。

それは、医師の意思決定を理解し、長期的な信頼関係を築くための思考の地図を描くことなのです。

次回は、「ペルソナとカスタマージャーニー③」として、ペイシェントジャーニーを取り上げます。

そして、ペイシェントジャーニーをどのよう描くことが、より実践的な医療用医薬品マーケティングにつながるのかを、実務視点で掘り下げていきたいと思います。

前回の記事はこちら