本シリーズでは、「ペルソナ」と「カスタマージャーニー」をテーマに、医療用医薬品マーケティングにおける戦略設計の基本を、3回に分けて、実務視点で解説していきます。
さて、第1回となる今回は、「ペルソナ」にフォーカスし、なぜペルソナが必要なのか、そして何をどこまで描くべきなのかを考えていきましょう。
医薬品マーケティングの現場では、「医師向け施策」「患者向け情報提供」という言葉が日常的に使われているかと思います。しかし、その「医師」や「患者」は、どれほど具体的にイメージできているでしょうか。
例えば、
専門性が高く、ガイドラインやエビデンスを重視する医師
一般開業医として、新薬の使用には慎重で安全性を特に重視する医師
と、このような特徴は、専門医や開業医の特徴としてよく語られます。
これは、方向性としては間違っていないかもしれません。でも、この粒度ではまだ、「誰に、何を、どう伝えるべきか」を具体的に決めるには不十分かもしれません。
そのためには、もっと解像度を上げる必要があります。
同じ「エビデンス重視の医師」であっても、ガイドラインを重視するのか、最新の臨床試験データに関心が高いのか、実臨床での再現性を重視するのかによっても、求める情報も、納得のポイントも変わってくるといえます。
この解像度を上げる。それが大切であり、そのための強力なツールが、ペルソナです。
■ペルソナとは何か
これまで、いろいろな現場で話を聞いてきましたが、「ペルソナは作っているけど、正直あまり活用できていない」という声は少なくありません。
「ペルソナ(Persona)」という言葉は、ラテン語で「仮面」を意味する personaに由来します。
心理学やマーケティングの分野で使われる概念で、マーケティングにおいては「自社の商品やサービスを利用する典型的な顧客像」を指します。
ペルソナを表現する上で、重要な点は何でしょうか。
顧客の特徴は、つい属性情報だけで整理してしまいがちなのですが、実はそこが落とし穴です。重要なのは、ペルソナが単なる年齢・性別・職業といった属性情報の集合ではないという点です。
ペルソナは、あたかも実在する一人の人物であるかのように描きだし、
どんな考え方で治療方針を決めているのか
どのような課題を抱えているのか
日々の診療の中で何を重視しているのか
どういう情報を信頼し、意思決定に活用しているのか
このような、意思決定の背景となる内面を具体的に表すことにより、「この顧客ならどう判断するか」が見えてきます。
■ペルソナを作る意義―なぜマーケティングで重要なのか―
さて、ここで改めて、ペルソナを設定する意義を整理しておきたいと思います。というのも、実際の現場では「一応は作っているものの、実際にはあまり参照されていない」というケースも少なくないからです。
ペルソナは、単に顧客像を整理するためだけのものではありません。ターゲットの明確化、関係者間での認識共有、メッセージ開発、チャネル設計、さらにはパーソナライズドマーケティングの土台として機能するものといえます。
<ペルソナ作成の意義>
1.ターゲットの明確化
ペルソナの作成により、ターゲットとなる医師や患者の特性、ニーズ、行動パターンが明確になる。これにより、医師や患者のターゲット層に応じた具体的かつ効果的な戦略を立てることができる。2.関係者による認識の共有化
ペルソナを作成することで、関係者間での共通理解が促進され、一貫性のあるメッセージや戦略の展開が可能となる。3.効果的なメッセージの作成
ペルソナによってターゲットが具体化されることで、ターゲットのニーズや価値観が可視化され、それに基づいた効果的なメッセージの作成に繋がる。4.アプローチチャネルの最適化
ターゲットとなる医師や患者の情報源やメディア活用状況が明確になることで、最適なアプローチチャネル選択の参考となる。5.パーソナライズ化の進展
ペルソナを活用することで、個々の医師や患者に対するパーソナライズドマーケティングを行う際のイメージ作成が容易となる。
■医薬品マーケティングにおけるペルソナ設計のポイント
医薬品のブランドプランを考える際には、主に医師のペルソナと患者のペルソナの2種類を設計します。
医師と患者のペルソナで、それぞれ入れるべき項目を考えたいと思います。
1.医師のペルソナ
医師のペルソナでは、一般的に以下のような項目について、考えていきます。
基本属性(年齢、診療科、施設種別、地域など)
診療スタイル・専門性
薬剤選択の考え方(有効性重視、安全性重視、ガイドライン重視など)
情報収集の方法(学会、論文、MR、Web、SNSなど)
信条やモットー(「患者から喜ばれることがモチベーション」「できるだけ患者の話を聞くようにしている」など)
現状の課題や悩み、将来的な希望
たとえば、「多忙な内科開業医で、新薬には慎重だが、患者の生活の質改善には関心が高い」といったレベルまで描けていると、どのような情報が必要で、どのようなタイミングで行動が変わるのかが見えてくるのではないでしょうか。
2.患者のペルソナ
さて、患者の場合、疾患だけでなく「生活者」としての側面を重視するのがポイントです。
年齢、家族構成、就労状況
生活習慣や経済的背景
診断名、病歴、併存疾患
治療への姿勢(積極的、消極的、不安が強いなど)
大切にしている価値観
情報源(医師、家族、テレビ、インターネットなど)
趣味や生活上の楽しみ
これにより、「単なる症例」ではなく、治療を受けながら生活している一人の患者としての像が明確になってくると言えます。
■ ペルソナは「仮説」である
さて、ここで重要な点。ペルソナは「正解」ではなく、あくまでデータや現場知見をもとに構築された「仮説」ということです。この認識は忘れず持つようにしましょう。
したがって、
調査結果をどう解釈するか
どの要素を重視するか
どこまで単純化するか
によって、その内容は変わります。
思い込みだけで作られたペルソナは、戦略を誤らせるリスクもある。
この点には注意しましょう。
■ペルソナからカスタマージャーニーへ
ペルソナが描けた。では、その次に考えるべきことは何でしょうか。
そう、カスタマージャーニーの設計です。
ペルソナだけでも顧客理解はかなり深まりますが、それだけでは実際の施策には少し落とし込みにくい場面もあります。
ペルソナが「どんな人か」を捉えるものだとすれば、ジャーニーは「その人がどのように行動し、どこで意思決定するのか」を整理するものと言えます。
言い換えると、「ペルソナが戦略の出発点であり、ジャーニーを描くことで、顧客の行動変容まで具体的にイメージできる」ようになります。
カスタマージャーニーとは、
どのように情報に触れ
どのように理解し
どのタイミングで意思決定し
どのような行動につながるのか
という一連の流れを可視化したものです。
医薬品マーケティングでは、
医師がある疾患をどう認識し、どの段階で治療選択を変えるのか
患者が症状を自覚し、受診し、治療に納得するまでに何を感じているのか
を理解することが極めて有効です。
ペルソナとジャーニーを組み合わせることで、「このタイミングで、どのメッセージを、どのチャネルで届けるべきか」が明確になります。
この、カスタマージャーニーについて、次回「ペルソナとカスタマージャーニー②」で詳しく解説したいと思います。
■おわりに
医薬品マーケティングにおいて、ペルソナは単なるお絵かきや資料作成のための手法ではありません。戦略の軸を「製品視点」から「顧客視点」へと転換するための思考ツールと言えます。
誰に、どんな価値を、どのように届けるのか。
この問いに真正面から向き合うことが、限られたリソースの中で成果を最大化する第一歩となります。
ペルソナを描く時間は、遠回りに見えるかもしれません。しかし、実はマーケティングを最短距離で成功に導くための投資と言うことができます。
次回は、「ペルソナとカスタマージャーニー②」として「医師のカスタマージャーニー」をテーマに取り上げます。
ペルソナ設計とどのようにつながり、マーケティング施策やMR活動にどう活かせるのかを、実務視点で解説したいと思います。
ぜひ次回を楽しみにしてください!
