私たちが医師にとったアンケートにおいて、医療情報収集において生成AIが使用頻度で2位、影響度で1位になっています。
MedGen Japanという臨床支援AIユーザーに向けてとったアンケートであり、もちろんサンプルも小さく、AIユーザーに偏っています。これを無視することは簡単ですが、他方、上位数%のイノベーターの意見を反映しており、日本の未来を予測するデータでもありますと考えています。表面上の順位以上に、その裏にある医師の行動原理の探求に本質があり、本記事ではそこから見えてくる今後の情報提供の形を深掘っていきます。
初めまして。ニヒンメディア株式会社 代表の安藤孝太と申します。
私たちは医師向けの臨床支援AI「MedGen Japan」を手掛け、2024年より医師の医療現場での生成AI利用実態を分析してきました。また、前職は製薬業界に特化したコンサルティングファームZS Associatesであり、その頃からAIを用いた医師の情報収集を、主に製薬企業の視点から追ってきました。
2026年はいよいよ「日本の臨床における医療情報・判断に生成AIが本格的に浸透してくる年」と見ており、弊社でもキャズムの16%(医師33万人のうちの約5万人)を超えて、MedGen Japanがより広い医師の先生方に届くよう尽力しています。特にミクロな顧客の行動を詳細に分析しており、1日1件以上の現場の医師とのインタビューを継続的に行っております。
そんな中、多くの製薬企業の方々から、「医師の医療情報収集はどうなっていて、どう変わっていく?」「医療情報を届ける製薬企業の目線でどう対応すべき?」という質問を頂くことが増えてきました。
結論として、「医師の情報収集方法は急速にAIへシフトしており、製薬企業はAIによる体験、あるいはAIと連携された体験を提供する必要がある」と考えています。この点に関していくつかの小問に分けて深堀りをしていきます。

※本稿はニヒンメディア株式会社の調査・医師インタビュー・公開情報に基づく見解を含みます。
Q1. 医師不足、働き方改革、、、医師の働き方の変革を迫る外部要因とは?
そもそも、なぜAIが一時のトレンドではなく中長期的な投資対象となるのでしょうか。
医師向けAIエージェントが広がっている背景には、医療現場の構造的な負荷があります。内閣府『Annual Report on the Ageing Society FY2024』によれば、日本の65歳以上人口比率は29.1%に達しています1。また、OECDの日本サマリでは、日本の実働医師数は人口1,000人当たり2.6人で、OECD平均の3.7人を下回ります2。また、後程米国でのAI活用の実態も紹介しますが、アメリカ医科大学協会は2036年までに最大8.6万人の医師不足を予測しています3。つまり日本・米国の共通課題として、限られた医師数で増え続ける医療需要に対応する必要があり、AIはその解決策の柱の一つとして欠かせません。
また、ひとくちにAIといっても様々な活用があり、
①臨床文書作成
②論文・ガイドライン等を横断した医療情報収集・判断のサポート
③放射線科や眼科などにおけるAI医療機器・画像診断
の3つに大きく分けられます。
文書作成(①)は主に時間の面での事務作業効率化に寄与し、医療情報収集(②)は情報検索時間の迅速化、および不足している知見を補うことによる診療の質の向上、AI医療機器(③)は見落とし防止などによる診療の質の向上にそれぞれ貢献し、各分野で今後市場への浸透が進んでいくと予想されます。
Q2. 医師は実際にAIをどう使っているのか?
病院単位での導入例は限られていますが、画像診断・臨床文書作成の分野でいくつか事例があります。
①画像診断
2018年には大腸内視鏡画像診断支援ソフトウェアEndoBRAINが画像診断AIとして日本初の薬事承認を取得し、2024年にはSaMDとして保険診療報酬の加算を受けています。他方、日経リサーチの2025年調査では、72%がAI医療機器について「導入していない」と回答し、その理由として「費用対効果がわからない」(51%)、「費用対効果がよくない」(24%)と回答されています4。その背景には診療報酬の問題や、結局人的コストの削減に寄与が小さいのではないかという懸念が見受けられます。
②臨床文書作成
厚生労働省の資料では、生成AIやAI問診、RPA等を用いた効率化事例として、国立大学病院における退院時サマリ作成が1時間から20分へ短縮、別の国立大学病院では診療情報提供書・退院時サマリ作成の時間を平均47%削減、さらに問診でも約10分から6分へ短縮した事例が示されています5。組織導入はまだ限定的ですが、導入済みの領域では時短効果がかなり明確に出始めています。
他方、個人利用は病院単位の導入に先行しており、特に医療情報収集の面で多くの医師が活用を始めています。
ミクスOnlineの2026年調査では、生成AIを「活用している」医師は全体の約3割、勤務医では約4割に達しました。具体的な用途としては、「興味ある論文の要約作成」47.3%、「興味ある医薬品情報の収集」32.6%、「興味ある複数の論文の要約作成と論文比較」25.0%が上位でした6。臨床文書作成や画像診断はインプットとしてどうしても患者情報が要されるため、個人での利用が難しく、病院単位でセキュリティの面で慎重な検討が必要で、変革のスピードも緩慢です。他方、医療情報に関しては直接的に患者情報にアクセスする必要が薄く、クリニカルクエスチョンを抽出してAIにインプットできるため、個人単位で活用が進んでいます。
実際にMedGen Japanの代表的な活用シーンとしても下記のものが挙げられ、以前のキーワード検索などでは解決の難しかった複雑な課題の解決に利用をされていることが目立ちます。
また、米国の事例を紹介すると、OpenEvidenceという臨床支援AIが普及しており、1万以上の病院・医療センターで利用され、米国医師の40%以上が日常的にログインして臨床意思決定に利用しているとされています7。米国は各産業で日本よりもAI活用が2~3年程進んでいますので、日本も数年後にこのレベルでAIが普及すると予測されます。
Q3. 医師はなぜAIで情報収集するのか?
ここまで医師がAIを活用して情報収集し始めており、近年中に浸透するだろうという「What」を見てきました。この章ではその裏にある「Why」を追っていきます。
冒頭に示したアンケートについて、「影響力・信頼性が上がることで使用頻度が上がる」という因果関係にあると考えられます。そして、元々信頼性が低いとされていたAIの影響力が急速に増している背景には、下記2点があります。
1) AI自体の回答ではなく、AIが正しく引用してくるPubMedなどの文献の信頼性に後押しをされている
2) そして、「コンテンツ」ではなく「体験」に価値が移っており、臨床現場でのアクセシビリティ、つまり、臨床現場で疑問を持った瞬間に短時間で解決できるかが重要になっている
それでは、この「体験」の革新性はどこから来るのでしょうか。AI体験が既存の臨床現場にフィットするための条件は3点あり、
① スピード感および簡易なアクセス(スマホアプリ、電子カルテからのアクセスなど)
② 「会話型」で複雑な医療のニュアンスを伝えられる
③ 信頼感が伝わるUX
という点が揃って初めて実用可能です。
スピードは言わずもがな、臨床で忙しい中で利用するのに必須であり、臨床現場の1秒は通常の体感よりも長く感じられるという特殊性からも、秒単位での技術的な改善が必須です。
また、会話型に関しても過去の検索体験との大きな違いです。
3点目は「信頼性」ではなく「信頼感」であることがポイントです。つまり、信頼できるものでも、「信頼感」が医師の中に生まれなければ実用に繋がりません。「内容自体の妥当性」は現場で検証することが難しく、その医師に委ねるのではなく、「どのソースからどの様な基準で情報が引かれているか」の透明性が差を分けます。従って、バックエンドのモデルの精度と同時にUX上での透明性の表現が重要です。
上記の特徴を兼ね備えたAIツールは、他の情報収集方法と比べて「最も臨床現場に近い」情報ソースとして機能します。その利用の簡易さ・汎用さも合わさって、一時的なブームではなくレイターアダプターまで当然浸透していく確率は高いです。また、特筆すべきはアンケートで比較した他の情報収集方法―UpToDate、PubMed、Google、製薬企業ウェブサイト、そして書籍―にまでAI体験が付与され、その体験がアップデートされていくであろう点です。実際にGoogleやUpToDateへもAI搭載は始まっており、製薬企業ウェブサイトや医学出版社もAIの実装に動き始めています。
後編の記事では、このAI時代に「製薬企業のプロモーションはどう再設計されるべきか?」に焦点をあてて深掘っていきます。
【ニヒンメディア株式会社の概要】
医師向けの臨床支援AI 「MedGen Japan」、および製薬企業のオムニチャネルマーケティングを実現する医師関心データ・インサイトを提供するヘルステックスタートアップ。創業メンバーは前職ZS Associatesにて10年来、製薬企業のオムニチャネル戦略、デジタル・AI戦略をサポート。
担当者:代表取締役 安藤孝太
引用・参考
1. 内閣府『Annual Report on the Ageing Society FY2024』 https://www8.cao.go.jp/kourei/english/annualreport/2024/pdf/2024.pdf
2. OECD『Japan (Health at a Glance country note)』
3. AAMC『Addressing the Physician Workforce Shortage』
https://www.aamc.org/advocacy-policy/addressing-physician-workforce-shortage
4. 日経リサーチ『医療情報システム導入調査〈前編〉』
https://service.nikkei-r.co.jp/report/healthcare_id297
5. 厚生労働省『令和7年度入院・外来医療等における実態調査(概要)』
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001564515.pdf
6. ミクスOnline『医師の生成AI活用 勤務医の約4割が日常業務に利用』
https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=79703
7. PR Newswire『OpenEvidence, the Fastest-Growing Application for Physicians in History, Announces $210 Million Round at $3.5 Billion Valuation』
8. Wolters Kluwer『ウォルターズ・クルワー、AIを搭載した臨床意思決定支援ソリューション 「UpToDate Enterprise Edition」を日本で提供開始』
9. Albatrus、南江堂医学書参照の医療向けナレッジAI「メドシルAI」提供開始
