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製薬マーケターが押さえておくべき「骨太の方針2026」 【第2回】~医療制度改革は、製薬マーケティングの現場をどう変えるのか~

2026年8月5日

株式会社メディカル・ナレッジ・マネジメント 代表 医薬マーケティングLab 主宰 西森弘造
2026年8月5日読了時間 6分

前回(第1回)は、政府が「創薬・先端医療」をどれだけ本気で成長分野として位置づけているかを見てきました。ですが、話はそう単純ではありません。政府はアクセルを踏み込んで投資を拡大する一方で、社会保障の持続可能性を守るために、医療費の適正化や薬価制度の改革というブレーキも同時に、かつ本気で踏み込もうとしています。

「成長(イノベーション)」と「適正化(コスト抑制)」。

一見すると相反するこの二つの動きが、私たちマーケターの現場にどんな波紋を広げ、日々の戦略をどう塗り替えていくのか。今回はここをじっくり掘り下げていきましょう。

具体的には、「薬価」「社会保障改革」「医療DX」「AI」「患者中心医療」「予防・健康づくり」「エコシステム」という7つのキーワードを軸に、現場の視点で一つずつ解き明かしていきます。

1.薬価は「価格」の議論から「価値評価」の議論へ

「骨太の方針2026」において、2027年度の薬価改定に向けた方針が示されました。掲げられているのは、「創薬イノベーションの推進」「医薬品の安定供給」「国民負担の軽減」の3点です。あわせて、費用対効果評価制度の客観的検証や、革新的新薬の初収載時における価値の適正評価、特許期間中の薬価のあり方といった論点も明確に盛り込まれました。

ここで私たちが読み解くべきなのは、2つのベクトルが同時に動いているという現実です。

革新的なイノベーションにはそれ相応の価値を認めて日本への上市を後押しする一方で、制度全体の持続性を保つために価値に見合わないコストは削っていく。

つまり、政府のメッセージはきわめて明快です。「すべての薬の価格を一律に抑える」わけでもなければ、「イノベーションなら何でも高く評価する」わけでもない。「社会にとって本当に価値のあるイノベーションだけに、限られた財源を集中投下する」というメリハリのあるスタンスが、これまでになく鮮明になってきているのです。

また、この背景には米国の「MFN(最恵国待遇)価格政策」に代表される世界的な医薬品政策の激変もあります。「骨太の方針2026」では、こうした国際情勢を踏まえたうえで、必要な医薬品等が確実に日本で上市される環境を整備する方針が明記されました。日本市場が世界から「新薬を真っ先に届ける価値のある魅力的な市場」として選ばれ続けられるかどうか。薬価制度の議論は、もはや国内の財政問題にとどまらず、国際的な創薬環境の獲得競争というレベルで語られ始めています。

私たちマーケターにとって重要なのは、有効性や安全性という臨床的な価値だけでなく、医療システム全体への価値をどう語れるかです。骨太の方針に以下の項目が直接列挙されているわけではありませんが、実務上は、例えば次のような医療・社会全体への影響まで視野に入れて価値を整理する必要があります。

● 入院や再入院の減少につながる可能性

● 手術や検査などの医療介入を減らせる可能性

● 医療従事者や介護者の負担軽減

● 患者の就労継続や、家族を含む生産性損失の抑制

● 治療継続率の向上

● 地域医療における人材や設備などの資源の効率的な活用

「この薬は、既存薬より〇〇%効果が高いです」

もう、そんな説明だけでは通用しません。この薬を適切な患者に届けることで、患者・医療従事者・医療機関・保険者・社会それぞれにどんな価値が生まれるのか。ここまで統合的に示せるかどうかが、これからのValue Propositionの核になっていくはずです。

2.社会保障改革が市場のルールを書き換えていく

「骨太の方針2026」では、社会保障制度の持続可能性を確保するため、医療費の適正化や給付と負担の見直しを進める方向性が示されています。あわせて、地域医療構想や地域包括ケアシステムの深化、医師偏在対策、バイオ後続品の普及促進、OTC類似薬の保険給付の在り方の検討なども盛り込まれました。

関連する医療制度改革も踏まえると、リフィル処方箋の活用や地域フォーミュラリの整備、ポリファーマシー対策、スイッチOTC化なども含め、医療提供体制や医薬品の適正使用を重視する流れは、今後も続いていくと見てよさそうです。

一つひとつは制度改正の話に見えるかもしれません。でも実はこれは、製薬マーケターの日々の仕事にも、かなり直接的に効いてきます。たとえば地域フォーミュラリの取り組みが広がれば、医師個人への情報提供だけでは足りなくなります。地域や医療機関全体の採用方針、標準的な治療方針を踏まえたアプローチが、これまで以上に重みを持つようになるはずです。そうなると、患者の治療継続をどう支えるかという視点の重要性も、自然と高まっていくでしょう。

さらに、バイオ後続品の普及が進めば、先行バイオ医薬品には臨床データだけでは語りきれない価値が求められるようになります。安定供給や適正使用支援、安全性情報の提供、患者支援プログラム、医療機関の運用負担の軽減まで含めて、製品を取り巻く総合的な価値を示せるかどうかが、そのまま競争力につながっていきます。

大事なのは、こうした制度改革を戦略を考えるきっかけとすることです。制度が変われば、医師の処方行動、患者の受療行動、医療機関の採用基準も、必ずどこかで変わります。その変化を先回りして読み解き、自社製品がどんな価値を提供できるのかを考え直すこと。これが、これからの製薬マーケティングでは、ますます重要になっていくはずです。

3.医療DXが、Patient Journeyを見える化する

電子カルテや電子処方箋の普及、医療情報連携、医薬品等のデータベース構築、医療・介護データの二次利用を含む利活用基盤の整備。骨太の方針ではこうした医療DXの推進が示されています。

中でも具体的なのが、2030年までに電子カルテの普及率をおおむね100%とする目標です。普及がゴールなのではなく、その先で「電子カルテ情報共有サービス」を通じて医療機関間の情報連携を実現し、診療の質向上や重複検査の削減につなげる、という一連の設計として読むべきでしょう。

これが進むと、診療のさまざまな場面がデータとして把握できるようになります。患者がどの段階で診断されているのか、治療開始までにどれくらい時間がかかっているのか、どの治療からどの治療へ切り替わっているのか、どんな患者が治療を中断しているのか。こうしたことが、これまでよりずっと見えやすくなっていきます。

マーケティングも、経験や仮説だけを頼りに組み立てる時代から、RWD(リアルワールドデータ)をもとに課題を見つけ、施策の効果を検証していく時代への加速がさらに進むでしょう。MRの役割も、製品情報を一方向に届けるだけの存在から、医師の課題に応じた情報提供や、データを活用した患者像の提示、地域連携の提案へと広がっていくと考えられます。

4.AIは、医薬品の価値を高める「インフラ」になっていく

創薬や医療機器の成長分野としてのAIは前回触れましたが、ここではもう一段踏み込んで、医療とマーケティングそのものを変えていく基盤としてのAIを見ていきます。

患者抽出、診断支援、治療選択支援、患者教育、治療継続支援、適正使用支援。AIが果たす役割は、想像以上に広がっています。ここで見誤りたくないのは、「AIを持っている企業」が競争力を持つわけではないということです。AIによって患者や医療現場の課題を実際に解決できる企業こそが、評価される時代になっていくといえます。

5.患者中心医療は、理念から「仕組み」へ

骨太の方針の中で「患者中心」という言葉がすべての項目に出てくるわけではありません。でも、人生の最終段階における患者中心の医療・ケア、PHRの活用、早期介入、行動変容、地域包括ケアなどを並べてみると、患者一人ひとりの状態や生活に合わせて切れ目なく支援していく方向性がはっきり見えてきます。

これまでの製薬マーケティングは、医師を中心に設計されるのが当たり前でした。でもこれからは、患者本人、家族、看護師、薬剤師、医療機関、保険者、介護関係者、患者団体まで、治療に関わる多様なステークホルダーへの理解が欠かせなくなります。

Patient Centricityも、患者の声を聞くだけでは足りません。患者がどこでつまずいているのか、何を不安に感じているのか、何が治療の開始や継続を妨げているのかを理解し、それを製品やサービス、患者支援にきちんと反映すること。Shared Decision Makingの観点でも、患者が自分の価値観や暮らしに合った治療を選べるよう、わかりやすい情報と意思決定支援を用意することが求められます。

6.市場は「治療」から「予防・健康」へ広がっていく

今回の骨太の方針で、私が特に注目しているのが「攻めの予防医療」というフレーズです。

健康増進、疾病予防、早期発見から早期介入、行動変容、PHR、健康経営まで。政策のベクトルがはっきりと「発症後の治療」から「その手前とその後」へ広がっています。 これは、私たち製薬企業の主戦場そのものが変わることを意味しています。

「医師に病気を診断してもらい、処方箋が出たその瞬間」だけにフォーカスする時代は終わりつつあります。疾患の啓発から、潜在リスクの早期発見、受診への背中押し、治療の継続支援、さらには重症化・再発予防や日々の健康管理まで。患者さんの「生活と人生のプロセス全体」をどう支えるかが、マーケティングの新たな射程に入ってきたのです。

一言で言えば、製薬企業には 「Drug Provider(単なる薬の提供者)」から「Healthcare Solution Provider(健康課題の解決者)」へと立ち位置の変化が求められているということです。

ただし、ここで一つだけ注意したいことがあります。よくありがちな「既存の薬に、ちょっとした患者用アプリやデジタルツールを添えておきました」というレベルの施策では、現場も患者さんも誰も動きません。

大切なのは、「どんなアプリを作るか」ではなく「患者さんや医療現場が、どこで本当につまずき、悩んでいるのか」というリアルな課題からスタートすることです。その課題を解決するために、医薬品・診断技術・データ・デバイス・患者支援プログラム・情報提供を、どう知恵を絞って組み合わせていくか。患者さんのより良いアウトカム(治療成果)を追い求めるそのプロセスの先にしか、これからの時代の勝ち筋はないのだと感じています。

7.競争は「製品」から「エコシステム」へ

骨太の方針と日本成長戦略を通して見えてくるのは、これからの医療イノベーションが、一つの製品や一つの企業だけでは完結しないということです。

革新的な医薬品を患者のもとへ届けるには、創薬企業、医療機器企業、診断企業、デジタルヘルス企業、医療機関、アカデミア、スタートアップ、患者団体、行政、保険者。これらとの連携が欠かせません。

だからこそ、これからの競争は「優れた製品を持っているかどうか」だけでなく、その製品の価値を最大化できる仕組みやネットワークを築けるかどうかという競争になっていきます。マーケターに求められるのも、自社製品のシェアだけを追いかける視点ではなく、患者が診断され、治療を選び、続け、アウトカムを得るまでのエコシステム全体を設計する視点です。

第2回のまとめ

今回の「骨太の方針2026」を読んで、私が一番強く感じるのは、政府が「創薬・先端医療の成長」と「社会保障制度の持続可能性」という、一見すると矛盾する二つの課題を、同時に実現しようとしていることです。

革新的な医薬品には適切な評価を行い、日本市場の魅力を高める。その一方で、医療費の適正化、バイオ後続品、給付と負担の見直しを通じて、制度そのものの持続可能性も確保する。

ここから読み取れるのは、これからすべての製品が一律に守られるわけでも、すべての薬が一律に価格抑制の対象になるわけでもない、ということです。より厳しく問われるようになるのは、その医薬品やサービスが、患者、医療現場、医療制度、社会に対してどんな価値を生み出しているのかという、シンプルだけれど本質的な問いです。

あなたの担当ブランドは、薬価や制度の話を「規制」としてだけで捉えていないでしょうか。それとも、そこから医師や患者の行動変化を読み、次の一手につなげられているでしょうか。

私たちマーケターの役割も、「製品をどう売るか」から少しずつ変わっていく必要があります。患者が適切に診断され、最適な治療にアクセスし、治療を続け、より良いアウトカムにたどり着ける環境をどう作るか。これからのマーケティングでは、こうした市場や診療環境そのものを設計する力が、これまで以上に問われていくはずです。

骨太の方針は政策文書ですが、私たち製薬マーケターにとっては、今後3〜5年の市場環境を先読みするための羅針盤でもあります。制度の内容を確認するだけで終わらせず、市場構造はどう変わるのか、顧客の意思決定はどう変わるのか、自社が提供すべき価値は何なのか。この問いに置き換えて読んでみることが、これからの戦略を考える最初の一歩になるのといえます。