お役立ちナレッジ一覧に戻る
Thumbnail
マーケティング最新情報

製薬マーケターが押さえておくべき「骨太の方針2026」 【第1回】~政府が何を成長戦力として投資をしようとしているのか~

2026年7月29日

株式会社メディカル・ナレッジ・マネジメント 代表 医薬マーケティングLab 主宰 西森弘造
2026年7月29日読了時間 5分

はじめに

2026年7月21日、「骨太の方針2026」が閣議決定されました。

骨太の方針は、日本政府が今後の経済政策、財政運営、社会保障改革などの基本的な方向性を示す政策文書です。

高市政権にとって初めての骨太の方針となる今回は、「責任ある積極財政」を掲げ、これまでになくアグレッシブな成長戦略が描かれています。そして、17の成長分野の一つとして名を連ねているのが、製薬企業にとって関わりの深い「創薬・先端医療」です。

正直なところ、「政府の政策文書なんて、日々の現場のマーケティングには直接関係ないのでは」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、製薬企業や医療業界に携わる方にとって、骨太の方針は単なる政府資料ではありません。

そこには、今後の医療制度、薬価制度、医療提供体制、創薬政策、医療DX、予防・健康づくりなど、私たちを取り巻く市場環境がどの方向へ動こうとしているのかを示す、重要なシグナルが含まれています。マーケターである以上、こうした国家戦略の方向性を押さえておくことは欠かせません。

私たち製薬マーケターにとって重要なのは、「制度や予算がどう変わるか」という表面的なニュースの先です。その変化によって、市場、そして目の前の医師や患者さんの判断がどう動くのか、です。

本連載では、「骨太の方針2026」を、その視点から、2回に分けて読み解いていきます。

第1回は「政府が何を成長戦力として投資をしようとしているのか」、第2回は「医療制度改革は、製薬マーケティングの現場をどう変えるのか」で、その本質に迫ります。

1. 創薬・先端医療は、「支出」ではなく「成長エンジン」

まず、注目したいのは、「創薬・先端医療」が、日本経済の成長を担う分野として、これまでになくはっきり位置づけられたことです。

これまで医療や医薬品は、どちらかといえば「膨張する社会保障費」という文脈で語られがちでした。「抑えるべきコスト」という扱いです。しかし、「骨太の方針2026」は、この見方に一石を投じています。

「国民の健康を守る基盤」であると同時に、「日本経済を牽引する産業」として育てていく。そういう明確な意思表示です。

あわせて、国際共同治験を倍増させるという、なかなか踏み込んだ数値目標も掲げられました。

これは単に「研究開発費を増やします」という話ではありません。日本発の新薬を世界へ送り出すと同時に、海外の革新的な薬がドラッグ・ラグなく届く、「世界から選ばれる魅力的な市場」へ日本を作り変えようとしているのです。

下表は、「骨太の方針2026」で重点分野として指定された技術領域です。自社の製品ポートフォリオや開発パイプラインと比較し、どの領域に強みがあり、どの領域に今後の機会があるのかという視点で見ることも重要です。

製薬マーケターとして、日本市場を「縮小する市場」とネガティブに捉えるのではなく、価値の高い医薬品や技術には政策的な後押しがきちんと向けられる市場へと変わりつつある。そう捉え直す局面に来ています。

だからこそ、これからのブランド戦略では、単なる「患者数」や「市場規模」といった従来のモノサシだけでは戦えなくなります。

• アンメットニーズの深さ(既存治療で救えていない課題の重さ)

• 患者・家族の負担の大きさ(QOLや就労への影響)

• 医療提供体制へのインパクト(医療現場の負担軽減)

こうした多角的な価値を、いかに言語化して市場に提示できるかが勝負の分かれ目になります。

2. 5つの重点投資領域 ―政府はどこに資源を振り向けるのか―

今回の「日本成長戦略」官民投資ロードマップでは、2040年度までに官民全体で370兆円超、そのうち「創薬・先端医療」へ64兆円(実に全体の2割近く)という巨額の投資目標が掲げられました。国家として、本気でこの分野を軸に据えようとしている証拠です。

もちろんこれは単なる市場予測ではなく、「国と企業がどこへ資金と人材を集中させるか」という意思表示です。取り上げられた5つの「製品・技術領域」について、現場のマーケターがどう向き合うべきかを見ていきましょう。

① ファーストインクラス・ベストインクラス製品(23.4兆円)

「創薬・先端医療」の5つの項目の中で最大の投資額です。

ここで私が最も強調したいのは、「政府はただ単に新薬の『数』を増やしたいわけではない」という点です。日本発の製品が世界で戦えること、あるいは海外発の革新的な薬を日本市場が迅速に受け止められること。そこに重きが置かれています。

単に「新しい作用機序です」「既存薬より数値が少し良いです」という製品スペックのアピールだけでは、もはや市場も国も動きません。

ファーストインクラスなら:これまで存在しなかった作用機序や治療概念を持ち、既存治療が手をこまねいてきた課題に切り込む可能性を持つ製品。これまで治療できなかった患者に何が可能になるのか、治療のゴールそのものをどう塗り替えるのか。

ベストインクラスなら:同じ治療カテゴリーの中で、有効性や安全性、投与の負担軽減など、既存薬と比べて何が本質的に違うのか。その差が医師と患者にとってどれほどの重みを持つのか。臨床試験の数字を実臨床の実感にどう翻訳するのか。

有効性・安全性は当然の前提として、投与負担、治療継続性、就労支援、医療費全体の適正化までを含めて「製品の価値」を語り尽くせるか。マーケターにもストーリー構築力が試されていくことになるでしょう。

② 感染症対応製品(7.2兆円)

新型コロナウイルスのパンデミックの教訓を経て、感染症対応は単なる一治療領域ではなく「国家の安全保障」として再定義されました。つまり、ワクチンや治療薬、診断薬、検査技術、製造設備を海外に依存しすぎるリスクが、明らかになったといえます。感染症が起きてから開発を始めても間に合わない、だからこそ、平時から研究開発・生産・供給の基盤を維持しておく必要があるということです。

マーケターとして意識すべきは、ここを「流行期だけ動く特殊な市場」と捉えないことです。製品の価値は個人の治療にとどまらず、社会経済活動の維持や重症病床の負担軽減、緊急時の供給能力にまで広がります。通常のエリアマーケティングを超えた、公衆衛生や政策調達まで見据えた総合的な市場形成が求められる領域です。

③ バイオ医薬品・再生医療等製品(20.8兆円)

抗体医薬品、核酸医薬品、細胞治療、遺伝子治療、再生医療。従来の低分子医薬品では手が届かなかった治療選択肢として、大きな期待が寄せられている領域です。

ただ、これらの製品は「優れた薬を開発して売れば終わり」とは絶対にいきません。投与できる専門施設の要件整備、事前診断体制、厳格な保管・流通、投与後の長期フォローアップまで、「医療提供体制そのものをイチから組み上げる仕事」がセットになります。

従来の「自社製品の情報を届ける」プロモーション型マーケティングは通用しません。上市前の段階から、どの患者が対象になるのか、どのタイミングで治療を検討すべきか、どの施設で提供できるのか、どんな検査・紹介の連携が要るのか、治療後にどんな支援が必要か、これらを設計する仕事に変わっていきます。ブランド戦略というより、診療環境そのものを作る仕事、と言ったほうが実態に近いかもしれません。

④ 革新的デバイス(AI、ロボティクス等)を活用した先端医療(11.6兆円)

AIによる画像診断支援、病理診断支援、治療選択支援、手術支援ロボット、遠隔医療機器、デジタル治療機器。医薬品そのものではないけれど、医薬品の価値や治療成果を大きく左右する、無視できない周辺領域です。

ここで私が注目しているのは、政府が医薬品単体で強化しようとしているのではなく、医療機器、診断、データ、AIまで含めたヘルスケア産業全体を一体的に育てようとしている点です。

製薬企業にとってAIは、もう社内業務の効率化ツールにとどまりません。開発段階だけでなく、市販後の患者体験や治療成果そのものにも影響を与える技術になりつつあります。疾患の早期発見、診断支援、治療選択、適正使用支援、服薬・治療継続支援、副作用の早期把握、患者教育、こうした形で、薬の価値を底上げする仕組みとして活用が広がっています。

つまりマーケターに問われるのは、「AIを導入しているかどうか」ではなく、「AIで患者や医療現場の課題をどれだけ解決できているか」へ、確実にシフトしていくといえます。

⑤ ライフログ等を活用したヘルスケア関連サービス(1.1兆円)

投資額こそ5つの中で最も小さいですが、私が、個人的には、医療の考え方そのものを一番大きく変えるポテンシャルを秘めていると感じているのがこの領域です。

スマートフォンやウェアラブルデバイス、家庭用測定機器から日々蓄積される、歩数、睡眠、心拍、血圧、体重、食事、運動といった生活・健康データ。骨太の方針では「攻めの予防医療」という言葉とともに、健康増進、疾病予防、早期発見、早期介入、行動変容が掲げられ、PHRの活用や企業・保険者によるコラボヘルス、健康経営の推進も盛り込まれています。

つまり、医療の重心が「病気になってから治療する」ものから、「発症や重症化を防ぎ、健康な状態を保つ」ものへと広がっていく、ということです。

製薬企業にとっても、薬を処方された後の期間だけでなく、診断前、治療開始前、寛解後、再発予防、日々の健康管理まで含めた、もっと長いPatient Journeyを見据える必要が出てきます。ライフログやPHRをうまく使えれば、医薬品とデジタルサービスを組み合わせた新しい価値提供の形も見えてくるはずです。製薬マーケターとしても未来に向かった知恵を絞りたいところです。

第1回のまとめ:成長機会は「医薬品の外側」にある

5つの領域を並べてみると、そのどれもが「医薬品だけでは完結しない」という共通点を持っていることに気づきます。診断、AI、データ、デバイス、患者支援、医療機関との連携、これらを組み合わせて初めて、価値として成立する時代になりつつある、ということです。

つまりこれからの成長機会は、「どの薬を開発し、どう売るか」だけでなく、

「その薬を中心に、どんな診療環境や患者支援の仕組みを作れるか」

というところまで広がっています。

あなたの担当ブランドは、薬そのものの価値だけで勝負していますか?

それとも、診断、患者支援、AI、データ、医療連携まで含めた「ヘルスケアソリューション」として価値を設計できているでしょうか。

もっとも、政府は投資を拡大するだけではありません。同時に、社会保障制度の持続可能性を守るため、医療費の適正化や薬価制度改革にも本気で手をつけようとしています。

次回の第2回では、この「成長投資」の裏側で確実に進む「医療費の適正化・薬価制度改革」というもう一つの大きな波が、私たちの現場をどう変えていくのかを深掘りします。