最近、湿布や花粉症薬などのOTC類似薬を巡る議論が活発になっている。
元々製薬会社にいた私としては、
企業にとって大きな利益構造の転換だと感じる。
一方、生活者の視点に立てば、制度の見直しの背景も見えてくる。
社会保険料の負担は膨大で、
このままでは医療制度の持続性が危うい。
当然、不安の声もある。
「患者が正しく判断できるのか」
「自己負担が増えるのでは」
確かに、患者が自己判断で薬を選ぶことへの懸念は理解できる。
これまでの医療は、
「保険で守られ、医師が判断する」前提で設計されてきた。
OTC類似薬の議論は、その一部を
「個人が情報をもとに選択する」構造へ移そうとしている。
この構造転換を支える前提として避けられないのが、
個人のメディカルリテラシーの底上げだ。
海外の友人と話すと、メディカルリテラシーが高いと感じる事がある。
これは、保険制度の違いにより、
彼らの方が、自分の健康状態をどう判断し、どう対処するか、
医療を「選ぶ」機会に日常的に向き合っている点が大きい。
もちろん、この素晴らしい日本の保険制度の質を下げるべきだとは思わない。
ただ、将来にわたって質の高い医療を維持するためには、
個人が自分の健康に責任を持ち、
判断できる力を育てていくことが欠かせない。
OTC類似薬の議論は、単なる費用削減策ではない。
医療の担い手を「制度」から「個人」へと広げる、
価値観の転換を含んでいる。
この変化を、不安として止めるのか。
それとも、個人が判断する力を社会で育てる機会と捉えるのか。
この選択が、日本の医療の質と持続性を、静かに左右していく。
みなさんは、医療の「選択責任の拡大」をどう考えますか?
(2026年2月18日X/Instagram投稿)