お役立ちナレッジ一覧に戻る
Thumbnail
マーケティング実践情報

医師はなぜ、その薬を選ぶのか? ― 医師目線で「使いたくなる薬」を多面的に語る ―

2026年10月16日

橋
橋元 大(ペンネーム)整形外科医(病院勤務)
2026年10月16日•読了時間 5分

医師は何を考えて、その薬を選ぶのか

現代の医療現場において、医師が患者に対して薬を処方する際、そのベースとなるのは間違いなく薬効による薬の選択です。薬が持つ本来の治療効果が最も重要な指標となることは言うまでもありません。

しかし、実際の臨床の現状に目を向けると、考慮すべき要素は決して薬効という単一の指標だけではありません。患者が抱えている他の疾患や合併症の有無、内服のしやすさ(剤形や味など)、さらには薬を飲むタイミングなど、実に様々な要素が複雑に絡み合っています。

医師は純粋な医学的エビデンスとしての薬効以外にも、これら多くの条件を総合的に考慮しながら処方決定を行わなければなりません。

本稿では、こうした実臨床の生の声として、医師が「処方したくない」と敬遠する薬、あるいは逆に「積極的に処方したくなる」魅力的な薬の特徴について、多面的な視点から実臨床に即して記述していきます。

患者に不利益にならない処方、患者のニーズに応えた処方

薬を処方する上で、医師が神経を使うポイントの一つが、副作用の現れ方とそれに対する患者の心理的反応です。

一般的に、内服することによって患者自身にとってわかりやすい副作用が出る薬は、患者から強い拒否反応を示される傾向にあります。

具体的には、めまいや浮腫(むくみ)といった、患者が日常生活の中で容易に実感でき、直感的な不快感や不安を覚えやすい副作用をもつ薬剤がこれに該当します。こうした生活の質(QOL)を直接的に下げる薬は患者から拒否される可能性が高く、治療への参加意欲を削ぐ原因となるため、医師側としても処方する際に抵抗やためらいを感じます。

その一方で、医学的な観点からはより深刻になり得る副作用であっても、患者からの抵抗感が少ないケースも存在します。

例えば、胃潰瘍や腎機能障害といった、実際には重篤な副作用に発展する可能性がある症状です。これらは初期段階で痛みや不快感といった自覚症状が現れにくいため、患者はあまり抵抗感を抱くことがありません。

さらに、現代の医療においては「患者のニーズに応えた処方」を行うことも不可欠な要素となっています。

その最たる例が服薬回数への要望です。仕事や生活スタイルなどの理由から、服用回数が少なくて済む薬を患者が希望している場合、たとえその薬の理論上の効能が多少低かったとしても、結果としての患者満足度は高くなる可能性があります。

薬物動態学的には頻回に内服した方が薬の効能自体は高く保てる場合であっても、服用回数が少ない方が飲み忘れが減り、結果として内服の継続率(服薬アドヒアランス)が高く維持されることもあります。

最近では、薬の成分が体内でゆっくりと長時間にわたって放出される徐放剤なども多数登場しており、今後はますます患者のライフスタイルやニーズにきめ細かく応えた薬剤の選択が必要になってきています。

処方後のタスクの軽減を

医師の目線で日々の業務全体を俯瞰すると、処方箋を発行した後、何事もなくトラブルなしで患者さんがスムーズに内服を続けてくれることが重要となります。

処方箋を出した後に調剤薬局から問い合わせ(疑義照会)が来ると、診療業務がストップしてしまい、どうしても面倒臭く感じてしまいます。医師も一人の人間であるため、頻繁に確認作業が発生するような煩雑な薬剤に対しては、決して良い印象を持つことができないのが現状です。

したがって、医師が無意識に処方したくなるのは、処方すればどこの薬局にも在庫が置かれているような普遍的で流通の安定した薬や、他の薬との飲み合わせ(相互作用)に支障がない安全な薬です。また、食前や食直後といった飲むタイミングが厳しく制限されない薬が、非常に使い勝手の良い薬として好まれます。

加えて、医師は外来診療だけでなく入院患者に対しても薬の処方を行います。入院時には、患者が他院から持参した多種多様な薬を確認し、自院の採用薬に切り替える作業が発生しますが、この持参薬の代替が容易に行いやすい薬剤などは、現場の医師から好まれる傾向にあります。

総じて、現場の医師は日々の多忙な業務の中で、薬の処方プロセスを「いかにシンプルに、支障をきたすことなく完結させたいか」と常に考えていることが多いのです。

AI時代における医師の薬剤選択の現状

DX化を目指す医療業界での薬剤選択の現状

現在、日本の医療業界全体でデジタルトランスフォーメーション(DX化)が推進されており、薬剤選択を取り巻く環境も変化の過渡期にあります。

とりわけ電子カルテシステムの導入が進んだことで、一定規模以上の病院施設においては、従来の紙カルテを目にする機会も少なくなってきています。

医療情報がデジタル化されたことにより、同じ効能を持つ同効薬剤の比較検討もパソコンの画面上で簡単に行えるようになり、薬剤同士のメリットやデメリットをより素早く比較しやすくなりました。

こうしたテクノロジーによる環境の変化を背景に、医師にとっても、より安全で効果的な「よりよい薬」を吟味しやすい環境になってきています。

電子カルテ化していく中での処方の変化

紙から電子カルテへと移行していく中で、実務的に大きな変化をもたらした機能の一つが、よく使用する処方内容をあらかじめ登録しておく「セット登録(オーダーセット)」の機能です。

医師は「こういった疾患の患者には、こういったケースに合わせてこのセットを使用する」という形で、瞬時に処方箋を出すことが可能になりました。

このセット処方の運用において、特定の疾患や特定のケースと「一対一対応」しているような目的の明確な薬は、セットの中に非常に組み込まれやすい傾向にあります。

その一方で、様々な疾患に適応があり、多様な効能を持っている汎用性の高い薬剤については、特定の状況に限定してセット化しづらく、逆にセットに組み込まれにくい印象があります。

このように、電子カルテというシステムの利便性や構造自体が、結果として医師の薬剤の選ばれ方に影響を与えている側面があるのです。

いざAI時代が到来した時の医師の薬剤選択は

現在の医療界を見渡せば、真の意味でのAI(人工知能)の本格的な普及はまだまだ道半ばといった状況ですが、それでもAI活用の波は徐々に、しかし確実に押し寄せてきています。

いざ本格的なAI時代が到来したとき、それが医師の処方行動に与える影響として最も期待され、容易に想像できるのが、薬の「代替薬」をAIが瞬時に医師へ提案してくれるという機能です。

例えば、新たに入院してきた患者が、その病院内では採用されていない特殊な薬を内服していたケースを想定してみてください。

この際、AIが自動的に成分を分析し、自院の採用薬の中から最適な代替薬を医師に推奨し、医師はその推奨情報に応じてスムーズに処方を行うという未来が見えます。

また、患者個人の嗜好や過去の経験との照合においてもAIは活躍するでしょう。

例えば、患者が過去の経験から特定の「A薬」に抵抗を感じた際、その情報を受けたAIが瞬時にA薬と同等の効能を持ちつつ懸念点を取り除いた「B薬」を推奨し、医師がその提案をベースに処方を行うといったケースが日常的な医療風景になるかもしれません。

では、製薬マーケターは何を考えるべきか?

ここまで見てきたとおり、実臨床で薬が選ばれる理由は、薬効や医学的なエビデンスだけでは説明しきれません。

自社製品の処方が伸びないとき、製薬マーケティングでは「薬効が伝わっていないのでは」「エビデンスが浸透していないのでは」と考え、情報提供を強化する方向に動きがちです。

それが正解のこともあるでしょう。

ところが、医師が薬効をよく理解し、高く評価していても、処方に結びつかないことは珍しくありません。「患者が副作用を嫌がる」「服用回数や飲み方が生活に合わない」「薬局からの問い合わせが多くなりやすい」「相互作用に気を配る必要がある」「院内で採用されていない」「電子カルテのセット処方に、すでに競合薬が入っている」

どれも、処方の現場では十分に起こりうることです。

医師の評価が高いかどうかは、出発点にすぎません。患者にとって続けやすい薬か、医師にとって出しやすい薬か、日々の診療の流れの中で手に取りやすい薬か。そこまで含めて見たときに、処方を阻んでいる本当の壁が見えてきます。

「製品価値」だけでなく「選ばれる環境」を見る

医師の薬剤選択を製薬マーケティングの視点で整理すると、私は次の4つに分けて考えるのが分かりやすいと思っています。

① Product Value:薬剤そのものの価値

薬効、安全性、エビデンスなど、その薬がもともと持っている価値。

② Patient Burden:患者にとっての負担

副作用、服用回数、飲み方、生活への影響など、患者自身が感じる負担。

③ Physician Burden:医師にとっての負担

疑義照会、相互作用への注意、処方条件、代替薬への切り替えにくさなど、処方に伴う実務上の手間。

④ System Environment:薬が選ばれる環境

院内採用、薬局の在庫、電子カルテやオーダーセット、そしてこれからはAIによる推奨。

薬が選ばれるかどうかは、この4つが絡み合った結果として決まります。

たとえば、医師の評価は高いのに処方が伸びていない製品があるとします。このとき「製品の評価が足りない」と結論を急ぐ前に、その手前で何が起きているかを確かめる必要があります。患者側の負担なのか、医師側の手間なのか、それとも採用や電子カルテ、薬局在庫といった環境の問題なのか。処方されない理由を、製品そのものの評価だけで片づけないこと。実臨床の薬剤選択を理解するうえで、これは欠かせない姿勢だと考えています。

さらに、AIが診療現場に入ってくると、もう一つ別の見方が必要になります。医師が数ある薬の中から自分で選ぶのではなく、電子カルテやAIが候補をいくつか示し、その中から医師が選ぶ。そんな場面が増えていくかもしれません。そうなれば、「医師にどう評価されるか」に加えて、「どんな条件のときに、自社製品が候補として表示されるのか」も、製薬マーケティングの大事なテーマになっていくはずです。

まとめ

実臨床での薬剤選択には、薬効に加えて、副作用への配慮や服用回数の少なさといった患者側のニーズ、薬局とのやりとりを含む医療者側の負担が大きく関わっています。電子カルテの普及で処方のセット化が進み、診療環境そのものが選択を左右する場面も増えてきました。AIの時代になれば、代替薬の提案など、医師の判断を支える仕組みはさらに広がっていくでしょう。

製薬マーケターの仕事は、薬効やエビデンスを伝えることで終わりではありません。その薬が現場でどう選ばれているのか、あるいはなぜ選ばれていないのかを理解することです。

「良い薬である」ことと「実際に選ばれる」ことの間には、何があるのか。

患者、医師、そして診療環境まで視野を広げてその答えを探すことが、これからの製薬マーケターに求められていると思います。

【プロファイル】

橋元 大(ペンネーム)/ 整形外科医(病院勤務)

プロフィール:医学部を卒業し、初期研修を経て、大学病院の整形外科教室に入局。整形外科の腫瘍領域である『骨軟部腫瘍』を専攻し、市中病院、大学病院で10年以上勤務。

勤務医として働く傍ら、ライティングなど医療情報発信に従事している。

資格は日本整形外科専門医、がん治療認定医、認定骨軟部腫瘍医を有する。