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マーケティング最新情報

肥満症治療の主戦場はどこへ向かうのか ―若手内科開業医に広がる「自費診療」という選択肢

2026年7月16日

タウンドクター株式会社 代表取締役CEO 山上 慶
2026年7月16日読了時間 5分

近年、肥満症治療を取り巻く環境が大きく変化しています。

ウゴービ、ゼップバウンドなど、新たな肥満症治療薬が登場し、これまで食事療法や運動療法が中心だった肥満症治療に、薬物療法という強力な選択肢が加わりました。

筆者が代表を務めるタウンドクター株式会社では、全国の内科クリニックにオンライン栄養指導サービスを提供しています。日々、多くの開業医と話をする中で、最近、特に若手の内科開業医から「肥満症治療に取り組みたい」という声を聞く機会が明らかに増えてきました。

一方、先生方の話を詳しく聞いていくと、少し興味深い傾向が見えてきます。

検討しているのは、必ずしも「保険診療としての肥満症外来」ではありません。

高血圧や脂質異常症、糖尿病などを診療する中で、医学的に減量介入が必要と考えられる患者に対し、内科医が自費診療として肥満症治療を提供する。

こうした新しい診療モデルを模索する医師が現れ始めています。

本稿では、私たちが内科クリニックの現場で感じている変化から、肥満症治療の最新動向と、製薬企業のマーケターが注目すべきポイントについて考えてみたいと思います。

1.薬はある。しかし、自院では使いにくい

肥満症治療薬の登場により、医師が患者に提示できる治療選択肢は大きく広がりました。

しかし、実際に地域の内科クリニックで保険診療として肥満症治療薬を使用しようとすると、一つの壁に直面します。

施設要件です。

肥満症治療薬の保険診療での使用にあたっては、患者側の適応要件だけでなく、医師の診療経験や医療機関の診療体制、栄養指導を含む治療体制など、厳格な要件が定められています。

地域で高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病患者を日常的に診療している内科医であっても、必ずしも自院でこれらの要件を満たせるわけではありません。

特に大きなハードルとなるのが、「常勤の管理栄養士」が必要なことです。全国の診療所で、管理栄養士を登用しているのは4,000施設と全国10万件の診療所の4%程に留まり、管理栄養士を自院で採用するには難易度が高いのが実情です。

「肥満症を診たい医師がいない」のではありません。

むしろ、目の前には肥満を背景に複数の健康障害を抱える患者がおり、医師自身も「もう少し積極的に体重へ介入した方がよい」と感じています。

しかし、保険診療として肥満症治療薬を使用するための体制を、自院だけで整えることは難しい。

つまり、「治療したい」という医師のニーズと、「治療できる施設」の間にギャップが存在しているのです。

【図表1:肥満症治療における「医師の治療意向」と「保険診療の施設要件」のギャップ】

2.「保険診療」でも「美容GLP-1ダイエット」でもない第三の選択肢

こうした中、一部の若手内科開業医から聞かれるようになったのが、「自費診療として肥満症治療を提供する」という選択肢です。

これまで肥満領域における自費診療というと、いわゆる「美容GLP-1ダイエット」をイメージする方が多いのではないでしょうか。

美容や痩身を主な目的として、オンライン診療や美容クリニックなどでGLP-1受容体作動薬を処方するモデルです。

一方、私たちが最近接している内科医が考える自費診療は、これとは少し性質が異なります。

彼らが日常的に診ているのは、高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病患者です。

「あと5kg体重が落ちれば、血圧も血糖も改善する可能性がある」

「膝が痛く、運動療法を勧めるだけでは難しい」

「何年も食事と運動の話をしているが、体重が変わらない」

こうした患者を、内科医は既に多数抱えています。

もちろん、すべての患者に薬剤を使用するわけではありません。

医師が医学的な観点から患者を評価し、減量による健康上のベネフィットが期待できる患者に対して、薬物療法を含む減量治療を提案する。

その提供方法として、自費診療を選択するという考え方です。

筆者は、「保険診療」と「美容・痩身」の間に、新しい肥満治療のゾーンが生まれ始めているのではないかと考えています。

【図表2:肥満治療市場の3つのゾーン】

現時点では、この3つの境界は必ずしも明確ではありません。

また、適正使用や安全性の観点からも、慎重な議論が必要な領域です。

一方で、現場の医師が「既存の診療の延長線上で、肥満患者にもっとできることはないか」と考え始めていることも、見逃すべきではない変化だと感じています。

3.なぜ「若手内科開業医」なのか

特に興味深いのは、この動きが比較的若い世代の開業医から聞かれることです。

もちろん、筆者が接している医師の範囲に基づく観察であり、全国的な傾向を示す定量データではありません。

その前提で、彼らにはいくつかの共通点があります。

一つは、保険診療と自費診療を完全に別物として考えていないことです。

患者にとって医学的な価値があり、既存の保険診療では十分に提供できないのであれば、新しい診療モデルを検討する。この発想に比較的柔軟です。

また、オンライン診療、LINEによる患者コミュニケーション、ウェアラブルデバイスなど、新しいテクノロジーの活用にも積極的です。

そして何より、「薬を処方するだけでは、肥満治療は完結しない」と考えている医師が少なくありません。

私たちが最近、複数の内科医と議論しているのが、

「薬剤×オンライン栄養指導×ウェアラブルデバイス」

を組み合わせた肥満治療プログラムです。

● 薬剤によって体重減少を支援する

● その間に、管理栄養士が患者の食生活や行動変容を支援する

● さらに、活動量や睡眠などのライフログデータを取得し、患者の生活習慣を可視化する

単に「何kg痩せたか」だけではなく、減量期間中に患者の生活そのものをどう変えるかを治療プログラムとして設計する考え方です。

【図表3:「薬剤×栄養指導×ウェアラブル」による肥満治療モデル】

4.関心は「何kg痩せるか」から「どう薬を卒業するか」へ

こうした医師との議論の中で、最近特に多く聞かれるテーマがあります。

「薬剤をやめた後、どうするのか」という問題です。

新しい肥満症治療薬の登場により、「どの程度体重が減少するのか」という点には大きな注目が集まりました。

しかし、実際に患者を長期間診療する内科医の関心は、その先に移りつつあります。

● 薬剤をいつまで使用するのか

● 減量後に薬剤を減量、あるいは終了できるのか

● 終了後のリバウンドをどう防ぐのか

これは、日常的に患者と長く付き合う「かかりつけ医」だからこそ生まれる問いなのかもしれません。

薬剤投与中に体重を落とすだけであれば、治療の中心は薬剤になります。

しかし、「薬剤終了後も体重を維持する」というゴールを設定した瞬間、食事、運動、睡眠、そして患者自身の行動変容が重要になります。

肥満治療の評価軸が、

「薬剤によって何kg痩せたか」

から、

「患者が減量後の体重をどれだけ長く維持できたか」

へ変化していく可能性があります。

5.製薬マーケターが見るべきは「処方医」から「治療モデル」へ

この変化は、製薬企業のマーケティングにとっても重要な示唆を含んでいると考えています。

これまでの医薬品マーケティングでは、「どの医師が処方するのか」「どの患者が治療対象となるのか」という視点が中心でした。

もちろん、これらは今後も重要です。

一方、肥満症という疾患では、薬剤単独で治療体験のすべてが完結するわけではありません。

食事療法、運動療法、行動変容支援、ライフログデータの活用。そして、長期的な体重管理。

今後は、「誰が処方するか」だけではなく、

「どのような治療モデルの中で薬剤が使われるのか」

という視点が、より重要になるのではないでしょうか。

特に、地域の内科クリニックには、既に高血圧、脂質異常症、糖尿病などを抱える患者との継続的な接点があります。

新規に肥満患者を集患するのではなく、既存患者との診療関係の中から減量介入が必要な患者を見つけ、長期間フォローすることができます。

若手内科開業医が模索している新しい肥満治療モデルは、今後のPatient Support Program(PSP)やBeyond the Pillを考える上でも、一つの重要な先行事例になるかもしれません。

6. マーケターへの示唆 ~肥満症が示す、これからの医薬品マーケティング~

本稿では、肥満症治療を例に、地域の内科クリニックで起こり始めている変化をご紹介しました。

しかし、この変化は肥満症領域だけの話ではないのかもしれません。

日本では今後、高齢化の進展とともに医療費の増加が続き、保険財政はさらに厳しさを増していくことが予想されます。その中で、患者ニーズはますます多様化し、「保険診療か、自費診療か」という二元論だけでは捉えきれない新しい医療サービスが生まれてくる可能性があります。

また、製薬企業に求められる役割も変わりつつあります。

これまでのように薬剤を提供する Drug Provider から、患者の治療体験や健康維持まで支援する Healthcare Solution Provider へ。その変化は、肥満症領域で先行して始まりつつあるようにも感じられます。

さらに、ウェアラブルデバイスやデジタル技術の進歩により、個々人の活動量、睡眠、血糖値、体重などのデータを継続的に取得できる時代が現実になっています。

「健康な時だけ」、「病気になってからだけ」ではなく、その間にある「未病」や「健康管理」の領域まで含め、一人ひとりに寄り添った支援を提供することが可能になりつつあります。

そうした時代において、製薬企業はどのような価値を提供できるのでしょうか。

薬剤そのものの価値を伝えるだけでなく、患者の生活や行動変容を支える新しい治療モデルを、医療機関やさまざまなパートナーとともにどう創り上げていくのか。

肥満症領域で起き始めている変化は、その問いを私たちマーケターに投げかけているように思います。

最後に:肥満症領域での取り組みを検討されるマーケターの方へ

タウンドクター株式会社では、全国の医療機関に対して、管理栄養士によるオンライン栄養指導を提供しています。

近年は、医療機関とともに、薬剤治療と栄養指導、行動変容支援、ウェアラブルデータなどを組み合わせた患者支援プログラムの企画・検証にも取り組んでいます。

特に肥満症や生活習慣病領域では、「薬剤を届ける」だけではなく、その薬剤が使用される治療体験全体をどのように設計するかが、今後ますます重要になると考えています。

肥満症領域における患者支援プログラムの企画、医療機関とのPoC、管理栄養士を活用した行動変容支援などをご検討の製薬企業の皆さまは、ぜひお気軽にご相談ください。

<著者>

タウンドクター株式会社

代表取締役CEO 山上 慶

経歴:京都大学卒業(修士課程終了)、新卒で日本総研、その後戦略コンサルティング会社に転じ、製薬/保険/ライフサイエンス企業向けの経営支援に従事。2021年に同社を創業。

▼連絡先

kei.yamagami@npartner.jp

▼医療機関向けサービスサイト

https://clinic.npartner.jp/