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マーケティング実践情報

患者の「うちあけ話」がブランドを変える ——リアルインサイトで製薬マーケティングを刷新する

2026年4月8日

株式会社メディキャンバス 代表取締役CEO 副田 渓
2026年4月8日読了時間 4分

はじめに:診察室の外に、本当の患者がいます

製薬マーケティングは長らく、医師への情報提供を中心に設計されてきました。しかし近年、患者自らが治療選択に積極的に関与するようになり、患者インサイトを深く理解することがブランド戦略の競争優位に直結する時代が到来しています。

患者は疾患体験の当事者であり、医師との診察では語られないリアルな声を持っています。その「うちあけ話」には、医師が把握しきれていない治療上の悩みや、日常生活への影響が凝縮されています。本稿では、患者インサイトをマーケティングに活かす実践的な考え方を整理していきます。

1.患者の「表の顔」と「うちあけ話」——診察室の外に真実があります

患者が医師に伝える情報と、実際に感じていることの間には大きな乖離があります。

診察室では「問題ありません」と答えながら、自宅では副作用に苦しみ、自己判断で服薬を減らしているケースは決して珍しくありません。

私はこの1年患者の声を実際に集めながら、患者の本音に向き合ってきました。

「本当は色々話したいけど、ドクターは忙しそうだし、カルテ記録ばっかり、、薬剤師も忙しそう。。家族には心配かけたくない、でも誰かには聞いて欲しいことがある」そんな難しい患者の本音でした。

具体例をいくつかご紹介します。

患者の声
【潰瘍性大腸炎 30代女性・罹患5年】

「先生には『順調です』と言ってますが、正直、薬を飲むたびに気持ち悪くなるのが嫌で、仕事前の日は飲まないことがあります。それを言ったら怒られそうで……

うちあけ上のコメント欄には「わかる」「私も同じ」という共感の声が多数。アドヒアランス低下の背景に「医師への遠慮」があることが浮かび上がった。

患者の声
【関節リウマチ 50代男性・生物学的製剤使用中】

「注射を打ったあとの3日間は体がだるくてほぼ動けない。でも先生はそんな話を聞いてくれる雰囲気じゃないし、やめたら悪化するのも怖い。誰にも言えなくてここに書いてます。」

「誰にも言えなくてここに書く」という表現はうちあけに頻出するパターン。家族にも医師にも言えない孤独感が、長期治療中の患者層に根強く存在する。

【図表1】診察室で語られる情報と患者の実態の乖離(例示)

2.リアルな患者インサイトを収集・活用するためのアプローチ

2-1.なぜデジタルプラットフォームが有効か

患者インサイトを収集する手段は複数ありますが、質と量を両立するうえでデジタルプラットフォームの活用が特に有効です。アンケートは大規模に実施できる反面、設問への「建前回答」が混入しやすくなります。患者インタビューは深い洞察が得られますが、時間・コスト面から継続的なデータ蓄積には向きません。

「うちあけ」の特徴は、患者が自発的・匿名で書き込む点にあります。評価されない・否定されない場だからこそ、診察室では語られない本音が集まります。希少疾患・難治性疾患においてはその傾向がより顕著で、患者数が少ない疾患でも数十〜数百件の生の声が蓄積されています。

【図表2】患者インサイト収集の主な手段と特徴比較

2-2.患者インサイトが明らかにしたこと——希少疾患の事例

ある希少疾患領域において、うちあけのデータを分析したところ、患者の半数以上が「診断までに2年以上かかった」と投稿していました。また「ようやく病名がついた安堵」の直後に「治療法がほとんどない絶望感」が続くという感情の流れが、疾患をまたいで共通して見られました。

この知見は、従来の調査では「症状や治療効果への満足度」に集中しがちだった設計の盲点を突くものです。診断フェーズでの心理的サポートと情報提供こそが、患者の治療継続意欲に大きく影響していることが明確になり、製薬企業の患者支援プログラム設計に直接活用されています。

患者の声
【全身性エリテマトーデス(SLE) 20代女性・診断まで3年】

「いろんな科をたらい回しにされて、最終的にSLEと言われた時は泣きました。やっと名前がついた、って。でも薬を飲み始めてから『この病気と一生付き合うのか』という現実が重くて……。誰かに話したくてここを見つけました。」

診断後の孤独感・将来不安はSLE患者に頻出するインサイト。薬剤情報だけでなく「同じ病気と生きる人との繋がり」へのニーズが高く、コミュニティ機能や患者向けナラティブコンテンツの価値が示唆された。

3.インサイトを診察の場に還元する——「よりそい」の事例

3-1.診察コミュニケーションの構造問題

患者インサイトをいかに収集しても、それが診察の場に還元されなければマーケティング施策は表面的なものに留まります。実は診察コミュニケーション自体に構造的な問題があります。平均35分という診察時間の中で、患者は伝えたいことの一部しか言えず、医師の説明の半分以上は診察室を出た瞬間に忘れられてしまいます——これが多くの医療現場の実態です。

弊社の「よりそい」は、この問題に直接アプローチするAIサービスです。診察音声をリアルタイムで文字起こし・要約し、医師が確認した要約内容をLINEで患者に届けます。現在、月間約4,000件の診察を支援しており、多くの医療従事者・医療機関との連携が進んでいます。

3-2.よりそいが明らかにした「診察後の患者心理」

よりそいを通じて得られるデータは、患者インサイトの新たな源泉でもあります。診察サマリーを受け取った患者のLINE上のリアクションや、その後の服薬継続状況、次回受診の質問内容から、「診察で理解できていたこと・できていなかったこと」のパターンが見えてきます。

ある内科系慢性疾患の事例では、よりそい導入後に「先生が言っていたことをちゃんと理解できた」という患者の声が多数寄せられました。一方で、要約を読み返した患者の一定数が「副作用についての説明が思ったより多かった」と感じており、医師が伝えているつもりでも患者には届いていないことが数値として可視化されています。こうしたインサイトは、製薬企業の服薬指導資材設計に直接応用できるものです。

患者の声
2型糖尿病 60代男性・よりそい利用者】

「先生の話は難しくて、帰ってから『あれはどういう意味だったんだろう』と思うことが多かった。よりそいを使い始めてから、家でもう一度読み返せるので安心感が全然違います。薬のことをちゃんと理解してから飲むようになりました。」

「理解してから飲む」という表現が示すように、情報の正確な伝達がアドヒアランスに直結している。MRが医師に提供すべき価値として、「患者への情報伝達をいかに支援するか」というフレームが浮かび上がる。

【図表3】患者インサイトを医師コミュニケーションに活用するプロセス

4. 実効性の⾼いペイシェントジャーニーの作り⽅

ペイシェントジャーニーは多くの製薬企業で作成されていますが、「作って終わり」になりがちな資料でもあります。実効性を高めるには、患者のリアルな体験に基づいた「感情マップ」を重ねることが重要です。

具体的には、各フェーズ(症状出現受診診断治療開始継続・中断長期管理)において、患者が感じている感情・不安・情報ニーズを実データに基づいて可視化します。うちあけのデータを活用することで、疾患ごとの感情の推移を定量的に把握することも可能です。

たとえば炎症性腸疾患の患者データを分析すると、「治療開始直後の高い期待感」が36ヶ月後に「効果への疑問と継続疲労」へと変化するパターンが明確に見られます。このタイミングでの適切な情報提供や患者コミュニティへの誘導が、離脱防止に大きな効果を持つことが示唆されています。患者インサイトデータを継続的に更新し、ジャーニーを「生きたドキュメント」として管理する体制を持つことが、ブランドの中長期的な競争優位に直結します。

【図表4】感情マップを重ねたペイシェントジャーニー(概念図)

おわりに

患者インサイトの活用は、単なる「患者中心」への掛け声ではありません。具体的なデータに基づき、医師と患者の双方の行動を変えるための戦略的投資です。疾患啓発から処方後フォロー、患者支援プログラムまで一貫した患者体験設計が可能になったとき、ブランドの真の価値が最大化されます。

「うちあけ」が集める生の声と、「よりそい」が可視化する診察後の患者心理——この2つのデータソースが示しているのは、患者が求めているのは「治療情報」だけでなく「理解されること」であるということです。製薬マーケター・新規事業企画担当者にとって、その気づきを起点に施策を設計し直すことが、次の新薬開発・新サービス開発に大きく役立つと確信しています。

著者紹介

副田 渓(そえだ けい) 株式会社メディキャンバス 代表取締役CEO

薬剤師免許取得後、医療DXコンサルティングを経て株式会社メディキャンバスを設立。患者体験プラットフォーム「うちあけ」(15,000名超・350疾患以上)とAI診察サポート「よりそい」(月間4,000件超の診察支援)を展開し、患者インサイトと医療データを製薬企業・医療機関向けに提供している。

株式会社メディキャンバス