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いまさら聞けない「高額療養費制度の改定」 ~製薬マーケターが押さえておきたい、2026年8月からの変更点~

2026年8月24日

株式会社メディカル・ナレッジ・マネジメント 代表取締役 医薬マーケティングLab 主宰 西森弘造
2026年8月24日読了時間 4分

2026年8月、高額療養費制度が改定されました。

今回の改定をかなり単純化して言えば、「短期の高額治療や高所得層では負担増」となる一方、「長期療養者には負担軽減も含めた配慮がなされた」のではないかと思います。

今回の改定は、ニュースでもかなり取り上げられていたので、記憶されている方も多いのではと思います。

もともと政府は2024年末、自己負担上限額を引き上げる方針を示していました。しかし、患者団体などから長期療養者への負担増を懸念する声が相次ぎ、2025年3月にいったん実施を見送り、その後改めて検討が行われ、今回の改定に至っています。

では、結局何が変わったのか。

月額の自己負担上限は引き上げる。一方で、「多数回該当」は据え置き、新たに「年間上限」を設ける。

つまり、単純に患者さんの負担を引き上げたという話ではありません。

限られた医療財源の中で、誰にどの程度負担してもらい、誰をより手厚く支えるのか。

今回の改定は、そのバランスを改めて見直したものだと私は考えています。

製薬マーケターは薬価制度には敏感でも、高額療養費制度となると、「知ってはいるけれど、詳しくは・・・」という方も多いのでは、と思います。

しかし、高額薬剤が増えている今、患者さんにとって重要なのは、薬価そのものではなく、「自分はいくら払うのか」「その治療を続けられるのか」です。

そこで今回は、高額療養費制度の基本と今回の改定について、製薬マーケターの視点から、できるだけシンプルに整理していきたいと思います。

そもそも「高額療養費制度」とは?

日本では、公的医療保険によって医療費の自己負担は原則1~3割に抑えられています。

しかし、入院や手術、高額な薬剤による治療などでは、3割負担であっても患者さんの負担額は当然、大きくなります。

そこで設けられているのが高額療養費制度です。

簡単に言えば、「1か月の医療費の自己負担には、所得などに応じた上限を設けます」という仕組みといえます。

たとえば、下図のケースの通り、70歳未満で年収約370万~510万円の人で、医療費が100万円の場合、月額上限は、

85,800円+(1,000,000円-286,000円)×1%=92,940円

となります。

仮に医療費が100万円かかったとしても、窓口負担の30万円をそのまま最終的に負担しなくてよい。

この仕組みがあることで、高額な治療への患者アクセスが支えられています。

今回、なぜ制度が見直されたのか?

背景にあるのは、皆さんもよくご存じの日本の医療を取り巻く環境変化です。

高齢化に加え、医療技術の高度化、高額薬剤の登場などによって医療費は増加しています。

一方、それを支える現役世代の保険料負担も増えていますよね。

つまり、「高額な医療を必要とする患者さんを守る」というセーフティネットとしての役割を維持しながら、「その制度を誰が、どの程度負担して維持していくのか」という問題に向き合わざるを得なくなったわけです。

こうした流れを見ると、これまでのように高齢者を一律に捉えるのではなく、日本の資産が高齢層に偏っている現状も踏まえ、社会保障の負担を「年齢」だけでなく、「所得や負担能力」で考える方向に移っていると、私は感じます。

今回の改定も、そうした考え方に沿ったものだと理解しています。

2026年8月改定のポイントは、大きく3つ

製薬マーケターとしては、細かい数字をすべて覚える必要はなく、私は、まずは次の3点を押さえておけばよいと思います。

① 月額の自己負担上限は引き上げ

たとえば、70歳未満・年収約370万~770万円の場合、

「旧制度:80,100円+1% → 新制度:85,800円+1%」となります。

年収約770万~1,160万円では、

「旧制度:167,400円+1% → 新制度:179,100円+1%」です。

つまり、単月で高額な医療を受ける患者さんについては、基本的には自己負担が増える方向です。

ここだけを見ると、「高額療養費制度の改悪ではないか」という印象を持つ方もいるかもしれません。

しかし、今回の改定はそれだけではありません。

② 「多数回該当」の自己負担上限は基本的に据え置き

高額療養費制度には「多数回該当」という仕組みがあります。

直近12か月で高額療養費に3回該当すると、4回目以降はさらに自己負担上限が下がります。

たとえば、年収約370万~770万円の人では、多数回該当後の上限は44,400円です。

今回、この多数回該当の金額は据え置かれました。

③ 新たに「年間上限」が設けられた

そして今回、新しく導入されたのが年間上限です。

これまで高額療養費制度は、基本的に「1か月単位」で考える制度でした。

しかし、長期に治療を続ける患者さんにとって重要なのは、「今月いくらかかるのか」だけではなく、「この治療を続けたら、年間でいくらかかるのか」だと思います。

そこで2026年8月から、年間の自己負担にも上限が設けられました。

たとえば70歳未満・年収約370万~770万円の場合、年間上限は53万円です。

月額上限だけを見れば負担増ですが、年間上限が新設されたことで、治療パターンによっては長期療養者の負担が軽くなるケースもあります。

今回の改定を理解するうえで、上記の②と③は非常に重要だと私は思います。

つまり、「単月で高額な医療を受ける場合には一定の負担増となる一方、継続的に高額な治療を必要とする患者さんには配慮する」という考え方です。

そして2027年8月には、さらに変わる

なお、今回の改定はこれで終わりではありません。2027年8月には所得区分がさらに細分化され、負担能力に応じて、よりきめ細かく自己負担額が設定される予定です。

また、所得区分の細分化とともに、自己負担上限額も全体として引き上げられる方向となっています。

つまり今後は、同じ薬剤を使用する患者さんでも、所得によって実際の自己負担額がこれまで以上に異なるようになるのです。

では、患者さんへの影響はどうなるのか?

今回の改定を非常に単純化して整理すると、私は次のようになると考えています。

ですから、「今回の改定=患者負担の一律引き上げ」と理解するのは正確ではありません。

むしろ、「単月で高額な医療を受ける場合には一定の負担増となる一方、長期療養者や低所得者にはより配慮する」というのが今回の制度設計の基本的な考え方だと思います。

がん、難病、慢性疾患ではどう考える?

さて、製薬マーケターとしては、ここからが重要。

同じ「高額な薬剤」であっても、治療期間によって制度改定の影響は違います。

たとえば、抗がん剤を長期間使用する患者さん、関節リウマチなどで高額な生物学的製剤を継続する患者さん、希少疾患で高額薬剤を長期使用する患者さんなどでは、「多数回該当」や「年間上限」が重要になります。

一方、短期間に集中して高額な治療を受ける患者さんでは、月額上限の引き上げの影響を受けやすくなります。

製薬マーケターにとって何が重要なのか?

私は、今回の高額療養費制度の改定を、単なる「社会保障制度の変更」として捉えるべきではないと思っています。

製薬企業にとって重要なのは、薬価(Price)と患者さんが実際に支払う金額(Out-of-Pocket Cost)は違うという、当たり前の事実です。

同じ薬価の製品であっても、投与間隔や治療期間によって、患者さんの年間自己負担は変わってきます。

つまり、薬価だけを見るのではなく、「自社製品の患者さんは、どのような治療期間・治療パターンになるのか」というところまで考える必要があります。

特に高額薬剤では、

薬価 → 保険給付 → 高額療養費制度 → 実際の患者負担

という流れまで見なければ、「患者さんにとっての治療アクセス」を正しく理解することはできません。

そして患者負担の変化は、以下のような点にも影響を及ぼす可能性があります。

• 治療開始の意思決定

• 治療継続

• アドヒアランス

• 医師と患者さんの治療選択

• Patient Support Programのあり方

こう考えると、高額療養費制度は、製薬マーケターにとっても決して遠い話ではありませんよね。

「高額な薬」だけを見ていてはいけない

新薬、とりわけ希少疾患、がん、免疫疾患などの領域では、薬価が非常に高額になるケースが増えています。

すると、どうしても私たちは、「この薬はいくらなのか」という薬価に目が向かいがち。

しかし患者さんが見ているのは薬価ではありません。

「私は実際にいくら払うのか」です。

さらに言えば、「この治療を続けていけるのか」ではないでしょうか。

製薬マーケターは患者さんと直接接する機会がほとんどないため、こういった視点が抜けがちになります。

マーケティングでPatient Centricityを語るのであれば、こうした制度を理解することもその一部だと私は思います。自社製品の患者さんがどの所得層に多いのか、治療期間はどの程度なのか、月々・年間の自己負担はいくらになるのか。

そこまで踏み込んで、患者さんの治療体験を想像することが重要だと思います。

高額療養費制度の改定は、製薬マーケターに改めてそんな視点を求めているように思います。

※本稿は2026年8月時点の制度に基づいて作成しています。実際の自己負担額は、年齢、所得、加入する医療保険、世帯状況、医療費等によって異なります。個別のケースについては厚生労働省、加入する医療保険者等の最新情報をご確認ください。