令和8年度診療報酬改定は、単なる点数改定ではなく、日本の医療制度が直面している構造的課題に対応するための政策的な改定と位置づけられます。
近年、日本の医療は
• 物価・人件費の上昇
• 医療従事者の人手不足
• 高齢化の進行
• 医療費の増大
といった複数の課題に直面しています。
今回の改定は、これらの課題に対応するために、医療提供体制の維持と質の向上を図ると同時に、医療保険制度の持続可能性を確保することを目的としています。
厚生労働省が示した基本方針を整理すると、今回の改定は主に次の4つの視点から構成されています。
1. 物価・人件費の上昇や人手不足を踏まえた医療提供体制の安定確保
2. 2040年を見据えた地域完結型医療へのシフト
3. 医療DXとアウトカム評価による医療の質向上
4. 医療保険制度の持続可能性を意識した医療費の効率化
これらの方向性は、医療機関の運営だけでなく、製薬企業のマーケティング環境にも影響を与えるものと言えます。ここでは、この4つのポイントを整理しながら、マーケティングの観点から留意すべき点について考えていきましょう。
1. 物価・人件費の上昇や人手不足を踏まえた医療提供体制の安定確保
今回の診療報酬改定の最大の特徴は、医療機関の経営環境の悪化を踏まえ、医療提供体制の維持を強く意識した改定である点です。
近年、医療機関は
• 人件費の上昇
• 医療材料費の高騰
• 光熱費の増加
といったコスト増に直面しています。また、医療従事者の人手不足も深刻化しており、人材確保は多くの医療機関にとって大きな課題となっています。
こうした状況を踏まえ、今回の改定では診療報酬本体が+3.09%(2年度平均)とされ、その中でも特に
• 医療従事者の賃上げ
• 物価高騰への対応
に重点的な配分が行われています。
また、業務効率化の観点から
• ICTやAIの活用
• タスクシフト・タスクシェアの推進
• 医師の働き方改革
なども重要な政策テーマとして位置付けられています。
つまり、医療現場が疲弊しないように「働ける環境づくり」を制度面と報酬面から支えるのが狙いです。
さて、このような改定は製薬企業マーケターにどのような影響を与えるでしょうか。意識しないといけない重要な点は、医療機関の意思決定は、薬剤の臨床価値だけでなく、医療機関の経営状況や業務負荷の影響も受けるということです。
医療現場では現在、診療と並行して、スタッフ確保や業務効率化といった課題への対応が求められています。そのため、製薬企業の情報提供活動においても、単に情報量を増やすのではなく、医療現場の業務負荷を踏まえた情報提供の在り方を検討する必要があるといえるでしょう。
2. 2040年を見据えた地域完結型医療へのシフト
みなさんもご承知の通り、日本では現在、人口構造の急激な変化が進んでいます。そして、この人口構造の変化より、医療需要の質が大きく変わると予測されています。特に2040年頃には、85歳以上の高齢者人口が大幅に増加する一方で、生産年齢人口は減少すると見込まれています。
このような状況を踏まえ、今回の改定では医療提供体制の再構築が重要なテーマとなっています。具体的には、
• 医療機関の機能分化
• 病院と診療所の連携強化
• 在宅医療の推進
• 医療と介護の連携
• 医師の地域偏在対策の推進
などが挙げられます。
従来、日本の医療は急性期病院を中心とした構造が強いと言われてきました。しかし今後は、高齢患者の増加に伴い、急性期治療だけでなく、慢性疾患管理や生活支援を含めた医療の重要性が高まると考えられています。
今回の改定では、地域包括診療料や在宅医療に関する評価の見直しなどを通じて、地域で患者を支える医療体制の強化が進められています。
この変化は、製薬企業のマーケティング環境にも影響を与えると言えるでしょう。今後は、特定の専門医だけでなく、地域の診療所や在宅医療を担う医療機関においても、治療の継続管理が行われるケースが増えていくと考えられるためです。
そのため、マーケティングにおいても、薬剤がどの診療科で使用されるかという視点だけでなく、地域医療の中でどのように使われるかという視点が重要となり、より地域の実情に応じた、営業戦略の在り方が重要視されるようになってくると言えるでしょう。
3. 医療DXとアウトカム評価による医療の質向上
今回の改定では、医療DXの推進と医療の質の評価も重要なテーマとなっています。
政府は医療DXを通じて、
• 医療情報のデジタル化
• 医療機関間の情報共有
• 診療の効率化
を進める方針を示しています。
具体的には、
• 電子処方箋の普及
• 医療情報の共有システム
•オンライン診療
などの取り組みが評価対象となっています。
また、診療の質に関しては、単に医療行為の量ではなく、患者の治療結果などのアウトカムにも着目した評価が進められています。
生活習慣病管理やデータ提出に関する評価の見直しなどは、その代表的な例と言えるでしょう。
この流れは、製薬企業のマーケティングにも大きな影響を与えるでしょう。従来のように薬剤の有効性や安全性を説明するだけでなく、その薬剤が実臨床においてどのようなアウトカム改善に寄与するのかを示すことが、これまで以上に重要になると考えられます。
また、医療機関のデジタル化が進む中で、情報提供の方法についても、デジタル環境を前提とした設計が求められるようになると考えられます。
4. 医療保険制度の持続可能性を意識した医療費の効率化
もう一つの重要なテーマは、医療保険制度の持続可能性です。
日本の医療費は高齢化の進展とともに増加を続けており、医療制度の維持のためには医療資源の効率的な配分が求められています。
今回の改定では、
• 後発医薬品の使用促進
• 費用対効果評価の活用
• 医薬品の適正使用の推進
などが制度上の方向性として示されています。
これは、医療費を抑制するという単純な目的ではなく、限られた財源の中で医療の質を維持するための政策と位置付けられます。
製薬企業のマーケティングにとっての意味を考えてみましょう。この点は重要です。薬剤の価値の訴求において、臨床的価値だけでなく医療経済的な視点は既に重要視されるようになってきていますが、これが更に加速するものと思われます。
このため、マーケティングにおいても、医療の持続性ということを念頭に置いた価値訴求を更に強化する必要があると言えます。
おわりに
令和8年度診療報酬改定は、日本の医療制度が直面する課題に対応するための重要な政策的改定と言えます。
その方向性は、これまで示した通り、以下の4つのテーマに集約されます。
1. 物価・人件費の上昇や人手不足を踏まえた医療提供体制の安定確保
2. 2040年を見据えた地域完結型医療へのシフト
3. 医療DXとアウトカム評価による医療の質向上
4. 医療保険制度の持続可能性を意識した医療費の効率化
これらの変化は、医療機関の診療の在り方だけでなく、これまで述べた通り、製薬企業のマーケティング環境にも影響を与えるものです。
製薬企業のマーケターにとって重要なのは、薬剤そのものの価値だけでなく、その薬剤が医療制度や医療提供体制の中でどのように位置づけられるのかを理解することです。
診療報酬改定は制度の変更ですが、その背景にある医療政策の方向性を理解することで、医療環境の変化をより深く読み解き、質の高いマーケティング活動を実践していきましょう。
参考資料:厚生労働省 令和8年度診療報酬改定についてhttps://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_67729.html
厚生労働省 令和8年度診療報酬改定説明資料等についてhttps://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_71068.html


